VoiceOverで始めるMac OS X

井上浩一

はじめに

Macは長い間、視覚に障害を持つ人にとってはやや遠い存在でした。後発のGUI OSであるWindows向けにはスクリーンリーダーが多数開発され、広く使われるようになる中で、Macの画面の状態を教えてくれるソフトウェアは(少なくともポピュラーなものは)存在しなかったからです。

Mac OS X 10.4(Tiger)以降、Macには標準でスクリーンリーダー「VoiceOver」が付属するようになりました。お店で売られているMacでCommand + F5キーを押すとVoiceOver(英語のみ)がしゃべるのを聞くことができますし、OSのインストールすら画面を見ずにできます。

VoiceOverの登場により、Macは視覚障害者にとって遠い存在ではなくなりました。日本語環境ではまだこれさえあれば生きていけるというレベルにはなっていませんが、十分技術的探求の対象になるところまできています。

「VoiceOverで始めるMac OS X」では、普段Windowsをスクリーンリーダーで利用している人、Macのアクセシビリティ機能やそれがどのように使われるのかに興味のある人を対象に、Windowsとの違い、VoiceOverを使った操作感などをお伝えしたいと思います。

Mac + VoiceOverと日本語対応について

Mac OS X 10.6 SnowLeopardの時点では、日本語の音声合成エンジンが同梱されていないので、VoiceOverで日本語の画面を読ませることができません。 しかし、 クリエートシステム開発DTalker for Mac OS X を購入およびアップデートを適用することで、SnowLeopardでも日本語をしゃべるようにできます。 今日はこの日本語音声を使って日本語でしゃべらせることにします。 それから、2010/01/30の現時点ではVoiceOverとDTalkerの相性により、時々音声が停止することがあります。このような場合はcommand+F5を4回ほど押してVoiceOverを再起動してやるとまたしゃべるようになります。

何はともあれ起動

Macの電源を入れると「ジャーン」という起動音が鳴り、OSの起動が始まります。昔は「ジャーン」と同時にMacの「顔」が表示されていたそうですが、今はなくなっているようです。

20秒ほど待っているとログイン画面が表示されます。Windowsの「ようこそ画面」のようなものですね。これが表示されたタイミングは音ではわかりませんが、適当にCommandキー+F5キーを押すとVoiceOverがしゃべり始めます。

VoiceOverの操作については後で説明します。ここではこの画面に何が表示されているかをざっと確認してみます。

上下の矢印キーでユーザを選択して、Returnキーを押すとパスワード入力画面になります。入力すると文字ではなくかちかちという音が聞こえるところがちょっとMacっぽいでしょう。ちなみにVoiceOverが動作していない状態ではこのクリック音はなく、画面上に伏せ字が表示されるだけです。

Macのキーボードについて

Macのキーボードは基本的にはWindows PCのものと同じですが、一部の重要なキーの呼び方が違っていたりします。ここではVoiceOverのキーボードヘルプモードをオンにして、Macのキー配置について説明します。

controlキー
controlキーはSpaceの列ではなくAの左側にあります。昔のPC-9800シリーズやSunのUNIXワークステーションなどと同じです。Macにはマウスのキーが一つしかありません(最近は二つ以上あるマウスもあるそうです)が、controlキーを押しながらクリックするとWindowsの右クリックのようなメニューが表示されます。
capsキー
Macではキーボードの左下隅、shiftキーの下にあります。PCではCTRLキーのある場所です。
optionキー
capsキーの右隣にあります。キートップには小さく「alt」とも書かれています。PCのALTキーのような位置づけだと思いますが、そう単純な話でもありません。optionキーを押しながら項目をマウスでドラッグすると移動でなくコピーになります。
commandキー
optionキーの右隣にあります。このキーを使ったキーボードショートカットが比較的多いです。たとえばcommand+qでアプリケーションを終了、コピー/ペーストはcommand+c懼command+vといった感じです。
returnキー
いわゆるEnterキーです。小さくenterとも書かれています。
ファンクションキー(F1...F12)
これらのキーはデフォルトではディスプレイの明るさやボリューム調整のキーになっているので、FNキーを押しながら操作します。キーボードで利用する場合は面倒なので、「システム環境設定」の「キーボード」から設定を変更できます。

Mac OS X画面の要素

次に、Mac OS Xの画面構成 について少し説明します。 アップルによる説明を参考にしています。

メニューバー

画面の一番上にはメニューバーがあります。Windowsのように各アプリケーションのウインドーの中にメニューバーもついているのではなく、メニューバーは常に画面一番上に一つだけです。そして、アクティブになっているアプリケーションによってメニューバーの内容が変わります。

WindowsのExplorerのようにフォルダを表示したり操作したりするアプリケーションをMacではFinderと呼びます。アプリケーションを何も表示していない状態、つまりデスクトップがアクティブな状態では、Finderのメニューが表示されています。このFinderのメニューの中身をみてみましょう。

一番左にはアップルメニューがあり、OS全体に対する設定やログオフ、再起動などの項目がまとまっています。その右側にアクティブなアプリケーションの名前、今は「Finder」という項目がありますが、ここにはFinderそのものの環境設定などが含まれます。その右には「ファイル」「編集」...などWindowsでもおなじみの項目が並んでいます。

メニューバーの右側には、バッテリーのアイコンやボリューム設定など、ステータスメニューアイコンが並びます。Windowsのタスクトレイにありそうなアイコンですね。そして一番右には、Mac OS X Tiger以降の売りである「Spotlight」の検索ボックスがあります。

Dock

画面の一番下にはDockと呼ばれる領域があります。ここはWindowsのタスクバーのようなものですが、二つの領域に区切られています。

  • 左側はアプリケーションを置いておく領域です。Macのアプリケーションは起動ディスクの「アプリケーション」フォルダに入っていますが、ショートカットをDockに登録してワンクリックで起動できるようにしています。また、Dockに登録していないアプリケーションでも、起動するとDockにアイコンが置かれ、終了すると消えます。Windows 7の新しいタスクバーと似ています。
  • 右側はフォルダを置いておく領域です。アプリケーションと同じようにフォルダのショートカットが登録できます。そして、右端にはいつも「ゴミ箱」があります。Windowsではデスクトップに表示されますが、Macでは画面右下にあるわけです。

デスクトップ

それ以外の領域はデスクトップで、アプリケーションが起動するとそのウインドーが表示されていきます。また、Macでは、DVDやSDカードなどを入れるとそのアイコンがデスクトップに表示されます。このアイコンをクリックすれば中身がみられるし、アイコンをDockにあるゴミ箱にドラッグすればディスクが取り出せます。

VoiceOverの基本操作

今まではMac OS Xについて説明するためにVoiceOverの機能を説明なしで使ってきましたが、いよいよその操作方法を説明したいと思います。すべての機能を理解していただくには時間が足りませんし私も知らないので、ここではVoiceOverでのMac操作がどんなものかということをイメージしていただけることを目的とします。

VoiceOverの役割

Mac OS XのVoiceOverはいうまでもなくスクリーンリーダーの機能を提供します。画面上の選択された部分や操作のフィードバックを音声で通知してくれます。

VoiceOverにはもう一つ重要な役割があると思っています。それはキーボード操作の拡張です。Macはそのままでもキーボードによる操作がある程度可能ですが、OS自体でもすべての操作がキーボードだけでできる訳ではなく、キーボード操作が考慮されていないアプリケーションもあります。 そのため、VoiceOverはキーボードアクセスできない画面上の項目に対しても、キーボード操作できるようにしてくれる機能を持っています。

フルキーボードアクセス

Macはマウス操作を基本とするOSですが、キーボードでも操作できるように、Mac OS Xの比較的初期のバージョンから「フルキーボードアクセス」として基本的なキーボード操作が可能になっています。 アップルによるショートカットキーの一覧 を参考にしています。

たとえば以下のようなキー操作が、VoiceOverなしでも利用できます。

  • メニューバーにフォーカス: control+F2
  • アプリケーションを切り替える: command+Tab
  • アプリケーション内でウインドーを切り替える: command+F4
  • ウインドー内のコントロール(テキストボックス、ボタン等)の間でフォーカスを移動する: Tab
  • 選択した項目を実行する: スペースキー
  • その他いろいろ

QuickStart

一番最初にVoiceOverを起動すると、VoiceOver QuickStartというチュートリアルがスタートします。全くVoiceOverを使ったことがなくても、これに沿って学習すると何となく使えるようになります。OSの言語が日本語に設定されていればちゃんと日本語のチュートリアルが始まります。最初から日本語音声合成エンジンが入っていないのがもったいなく感じます。 このQuickStartをもう一度聞きたい時は、control+option+command+F8を押します。

VoiceOverキー

VoiceOverの操作はキーボードで行うので、他のアプリケーションとぶつかりにくいキーの組み合わせを選択する必要があります。そういう理由からかわかりませんが、VoiceOver専用のキー操作はすべて「control + option」という二つのキーを同時に押しながら他のキーを押すという形になっています。 controlはAの左、optionは一番下端の左から二つ目ですから、中指+親指で押す感じになります。

VoiceOverの操作を説明するときは、この二つのキーをまとめて「VoiceOverキー」と呼ぶことになっています。略して「VOキー」のようにいいます。ですからたとえば、「control + option + 左矢印キー」は「VO+左矢印キー」ということになります。

ここでは非常に重要なVoiceOverのキー操作を示します。コマンドヘルプなど調べるための仕組みも用意されているので、徐々に覚えていくことができます。

  • VO+m: メニューバーにフォーカスします。何度も押すと、ステータスメニューアイコンの部分、SpotLightの検索ボックスに順番に移動します。
  • VO+矢印キー: VoiceOverの読み上げ位置(VoiceOverカーソル)をその方向に移動します。左右の端にいくと左端では前の行に、右端では次の行につながります。
  • VO+スペース: 選択した「オブジェクト」をクリックします。
  • VO+Shift+m: 選択した「オブジェクト」を右クリックします。
  • VO+Shift+下矢印キー: 選んだ「オブジェクト」を「操作」します。
  • VO+Shift+上矢印キー: オブジェクトへの操作をやめます。
  • VO+F8: VoiceOverの設定画面を開きます。
  • VO+k: キーボードヘルプモードに入ります。押したキーの役割を説明してくれます。ESCキーで元に戻ります。
  • VO+h: ヘルプのメニューを開きます。

音声の設定

少し横道にそれますが、VoiceOverを使い始めた時は音声の設定が気になります。ドキュメントトーカーで利用できる日本語の音声は「けいこ」「たかし」だけですが、Mac OS Xには主役の「Alex」をはじめとして、英語のためのいろいろな音声が入っています。

音声の種類や速度を変更するには、VO+command+矢印キーを使います。 ちょっと手がつりそうな感じになってきますが、左右で変更する項目の移動、上下で値の変更が行えます。

試しにどのような音声があるかVO+command+上下矢印で確認してみましょう。

VoiceOverカーソル

VoiceOverの読み上げる対象の位置は、オブジェクトや文字の単位で上下左右に移動させることができます。この位置のことをVoiceOverカーソルといいます。初期状態ではVoiceOverカーソルを動かすと実際の入力フォーカスもそれについてくる動きをします。

入力フォーカスは操作できるテキストボックスやリスト、ボタンなどにしか移動できませんが、VoiceOverカーソルは操作の説明といった部分にも移動して読むことができます。

オブジェクトを「操作する」

VoiceOverカーソルの異動先になるのは、画面上のテキストボックス、各種ボタン、リストといったもので、これらをGUIの「オブジェクト」と言ったりします。

Finderの画面をVoiceOverカーソルで移動しながらみてみると、まず大きな構造として以下のように分かれていることがわかります。

  • 一番上に閉じるなどのボタン、フォルダのタイトル、ツールバー開閉のボタン
  • ツールバー
  • サイドバー、縦方向分割バー、イメージリスト
  • イメージリストの下に選択状態などを示すテキスト

次にツールバーを選択して、「オブジェクトを操作する」ためのVO+Shift+下矢印キーを押します。ここでまたVoiceOverカーソルを動かすと、さっきとは違った構造が広がっています。これはツールバーのボタンや検索ボックスなどで、ツールバーオブジェクトの中に含まれている子供のオブジェクトを選択しているわけです。何かを選んでVO+スペースキーを押せばクリックされます。 VO+Shift+上矢印キーを押すと、一つ大きな、親のレベルに戻れます。

同じように、サイドバーやイメージリストの中身もVoiceOverカーソルで確認していくことができます。「イメージリスト」にはそのフォルダに入っているファイルの一覧があります。VO+スペースでクリックするとアプリを起動したりファイルを開いたりできます。「縦方向分割バー」は左右にマウスでドラッグすることで、サイドバーとファイル一覧の大きさを調整することができます。この分割バーをVoiceOverで「操作」状態にすると、数値として割合を確かめながら分割バーを動かすことができます。

同じように、Macのメモ帳アプリであるテキストエディットを起動して、どのようになっているか調べてみましょう。起動は「アプリケーション」フォルダから選択するか、SpotLight検索ボックスに「textedit」と入力して探します。

テキストエディットの画面は、

  • 一番上に閉じるなどのボタン、文書のタイトル、ツールバー開閉のボタン
  • ツールバー
  • スクロール領域

からなっています。そしてスクロール領域を操作対象にすると、ルーラーと編集領域が含まれていることがわかります。

まとめ

Mac OS Xの基本的な概念と、VoiceOverでの扱い方を駆け足で紹介してきました。ここでは紹介しませんでしたが、Mac OS XにはUNIXとしての側面もあり、開発者の間でも密かなブームになっているようです。これからを楽しみにしつつ、私たちも何かプラスの貢献をしていけたらいいですね。

更新履歴

  • 2010/01/31: 初版