怪しげな記録
最終更新日 2007/12/17
私はSeikenと申します。本名は、切明政憲というのですが、プログラミング・音楽活動など創造的な活動をしているときは"Seiken"という名前を使っています。
このページでは私がどんな怪しげに生きてきたかを紹介します。ご意見ご質問などはseiken@ARGV.orgまでお願いします。
1972年12月22日、福岡県に生まれました。とりあえず普通に幼稚園・小学校・中学校と終了していきました。
小学校のときにポケコン(っていうのかな)を持っていた先生に出会います。BASICが主流言語だった当時、占いゲーム・野球ゲームなんか作って見せてくれていたのを思い出します。思い出してみれば、今こんな仕事をしているのは彼の影響でしょうか(このページを見ていませんか)。モールス符号なんかも一緒に勉強したような記憶もありますね。
中学の時にアマチュア無線の免許を取得、パケット通信とか言うものの存在を知りますが、もっぱらしゃべることとコンテストをやっておりました(現在は休止中)。とりあえず免許をもう一度申請せねば.
高校から東京に出てきます。寮生活を始めたのですが、入寮2カ月で門限を2時間遅れてしまうという(今でも高校生の記録らしい)ことをやってしまいます。東京はなかなか楽しいとこですな(笑)。
寮の部屋にアコースティック・ギターが1台ほったらかしてありました。先輩からこれを貰った私は、遊び始めました。それまでギターなんか触ったことなかったのですが(^_^)。その後数回のバンド活動では、パンクロックを中心に演奏してきました。数年前にそれなりのギターを購入,練習しないので一定以上うまくなりません.
高校2年生の時、修学旅行の文集を製作することになり、その編集作業をやることになりました。これが私のパソコンとの直接の出会いです。ワープロしか使えませんでしたが、とにかく「パソコンはおもしろそうである」というなにかを感じたことは間違いありませんでした。
高校3年生のとき、水泳部というのができました。3年生になったから部活は終わりだ、と誓った私に水泳部の先生はひとこと。「練習は週に一度くらいでいいからさ、水泳やろうよ」と。のこのこ入っていった私でした。結果は、
- 東京大会・関東大会のための練習
- 夏の合宿
- 週に3度以上の練習
ということでした。楽しかったし、その後も水泳を続けるきっかけになったので、まぁよしということにしましょう。先生ありがとうございました。そして、一緒に泳いだみなさん、どうしてますか?私はまた泳がなくなってしまいましたが。
高校を卒業した私はまだまだ東京に居座ります。3年間学校に行くことになりました。しかし真実は......!
コンピュータ言語を本格的に学び始めるのはこのころです。まだ自分の機械を持っているわけではありませんでした。C言語を勉強し始めますが、いっこうに上達しません(笑)。UNIXなどという言葉もこのころ憶えます。
学校内に共同で使うことのできるパソコンが数台ありました。PC-9801DXなんてなつかしい機種ですが、そのうち1台を私物化しておりました。とうとう先生はハードディスクに『切明』なんて張り紙するし...。当時はハードディスクはコンピュータには内蔵されていませんでした。
3年が経過し、所沢で情報処理の教育を受けます。そこでようやく自分のパソコン(余生をUNIXマシーンとして過ごし、8年前に引退)を購入します。本業もそこそこにパソコン通信にはまってしまいます。しかし、この中から多くのことを学んだように思います。ホストも運営していましたが、ハードディスククラッシュと機材の不足のため閉鎖してしまいました。会員の方ごめんなさい。
ということで、95年にめでたく就職する訳なのですが。東京矢印名古屋矢印東京とうろうろしつつなんとか働いております、というところでしょうか。
