音楽の普遍性『檸檬』・『スヰート檸檬』遊佐未森

はて、年に何枚のいわゆるカバーアルバムが発売されているのやら。カバーアルバムのシリーズを出している人もちらほらいる。槇原敬之とか徳永英明など。夏川りみのディスクもちょっと話題になった。

さて、紹介しているのは大正から昭和30年くらいまでの歌謡曲(認識合ってるかな?)のカバーアルバム2枚である。さすがに半分くらいしか曲を知らないが、どれをとっても良い曲ばかりだ。アレンジは、少し現代風になっている『檸檬』と、原曲の雰囲気が感じられる『スヰート檸檬』』と言ったところだろうか。どちらも彼女の歌声が十分に堪能できる。どちらも生楽器をふんだんに使って、暖かみのある音調だ。

歌謡曲・ポップス・ロックなどには、その曲が生まれた時代背景がある。 岡林信康の『私たちの望むものは』なんて、あの時代(70年代初頭)が生んだ曲だと思う。そうなると、時代が移り変わると曲の力が極端に落ちてしまうことを認めざるを得ない。そんな中でちゃんと聞き続けられ歌い続けられている曲があるのだ。時代を超えて愛されている曲、と言ったところか。

そうだ、今年は服部良一の生誕100年だったと思う。日本のポップスの基礎を築いたと言える彼の音楽を聴き直してみるのもおもしろいかなと思っている。

いやなことは言わないでおこうかな

最近、いくつか音響機材を購入した。で、このサイトに「サービスマン日記」なるものが掲載されていてとってもおもしろい。要するに、このお店で買った人が修理を依頼してきてその結末が書かれているものだ。

これを見ていると、「あ~、ユーザは自分がやったかもしれない失敗は言ってくれないものだな」と思う。例えば、コーヒーをこぼしてしまったとしよう。だが修理に出すときは「動きませ~ん」とだけ言うわけだ。一言「コーヒーこぼしてしまって」と言ってくれれば修理の時間はどんなに短縮されただろう。

がっ、自分を振り返ってみると、都合が悪いことを言わずにおいたことがないとは言えないな。小さい頃はそういうので叱られたりするんだよな。

とっても技術的だが、
サービスマン日記もご覧あれ。

ブログというメディア

ブログを書き始めてから1年ちょっと。まだブロガーとしては新参者であろう。ブログを書き始めてから気がついたことを書いてみたいなと思う。

まず白状しておくと、私は投稿されたコメントを削除したり内容を変更したことがある。この記事に対するコメントはよっぽどでない限り変更しないが、その基準がコメント投稿者が知ることはないだろう。

ブログはその開設者が話題を提供し、読んだ人がそれにコメントをすることができるなかなか便利なシステムだ。ある話題に対して、それを中傷するようなあるいは開設した人を中傷するようなコメントがついたらどうするか?私なら迷わずそれを削除するだろう。また、自分が考えているブログの色にあまりにもそぐわないコメントが投稿されてもやはり削除するか内容を若干変更するだろう。その削除基準は「自分がそう感じたから」でしかない。相手が中傷したかどうかではない。

それは、コメントを投稿する人もなんとなくわかっているのではないか?少なくとも私は、ブログというものは開設者とコメントの投稿者は対等ではないように感じている。開設者の意志と全く違う考え方や言動のコメントを得るのは難しいのでは?

結局のところ、記事を投稿する開設者もコメントを投稿する人も、発言するときには注意深く行うべきだろう。なによりブログは世界中に公開された文書なのだから。