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7月22日の午前中に皆既日食を国内で観測することができる。私が住む船橋では70%ほど欠けるとのこと。思ったより欠けるようなので写真撮影にトライしてみようと思う。ということで、機材、構成を悶々と考えてみた。相手が太陽なので、強烈な可視光だけでなく赤外というか熱との勝負でもある。あと紫外線。
まず可視光。Wikipediaによると、太陽は月よりも14.1等級明るいとのこと。1等級違うと100の0.2乗違うので、太陽は月よりも100の2.82乗等級すなわち436515倍明るい。これは18.7EVに相当する。月を撮影の露出からざっと19段露出を落とさなければならない。これは大変だ。ND400という色を変えないで光を1/400に減光するというフィルタが手に入りにくいようなので、次に濃いフィルタであるND-8を使うと、6枚は必要だ。あとは月を撮影してみて、適正露出を見つければ、それを基準に太陽光での露出をおおよそ推定することができる。ここまでは可視光の話。
次に赤外線。職場で赤外線にNDフィルタを使っているが、赤外にND-8を使っても光量は1/8になってくれない。浜ホトの資料によるとガラス(Si)の赤外線の透過率は50%程度のようなので、NDフィルタの基板がガラスだとすると、6枚重ねで1.6%にまで落ちる。
ただ受光素子にはレンズで集光された光が結像する。レンズ径を50mm、受光素子に結像するスポット径を1mmとすると、レンズを通す前の太陽光の625倍の光がそのスポットに当たる。NDフィルタ6枚重ねを考慮しても10倍の光に相当する。これは危険だ。フレーミングと撮影をするときだけレンズを太陽に曝し、それ以外はレンズキャップか覆いを被せなければ、受光素子やフィルムが熱で損傷をうける可能性が高い。もしかすると発火するかもしれない。一眼レフの場合、レフ板でファインダーにレンズを透過した赤外線も導かれるので、フィルターをしているとはいえ、フレーミングの時間も最小限にするべきだ。さもないと人間の受光素子すなわち網膜が焼ける可能性がある。
最後に紫外線だが、紫外線はガラスの透過率は低いため、ND-8フィルタの6枚重ねで大部分がカットされる。浜ホトの資料によると真空紫外で透過率が50%程度なので受光素子に到達する紫外線は赤外線同様の議論になる。もう少し波長が長いほうは、UVカットフィルタが効くだろう。
ポイントはフィルタの6枚重ねのようだ。おそらくND-400の2枚重ねではここまで紫外、赤外をカットできないはずだ。ちなみにプロはD4というND-10000フィルタ相当のフィルタを使とのことだ。これは金属基板なので赤外の透過率は低い。こっちのほうが安全で確実だ。でも高い。実はND-8フィルタ6枚と値段はあまり変わらなかったりするが。さらに太陽光撮影のときは、できるだけ長焦点レンズを使って受光素子に結像する面積を広くするべきだろう。
言うまでもなくこの記事には計算間違いや勘違い、見落としがある可能性がある。私を含め素人の太陽光の直接撮影は非常に危険な行為である。はっきり言って、この程度のことが理解できなければ太陽の撮影はやらないほうが良いと思う。おそらくフィルムが発火するか、受光素子が焼けるか、最悪失明するだろう。この記事を真に受けてカメラを壊したり、失明しても私は責任をとらない。ってかとれないので、あしからず。
写真は後日。
2009-06-26追記
どうやらkenkoがND-400フィルタを販売するようだ。なのでND-400を2枚使えば、ND-8を6枚重ねにする必要はなくなった。だが赤外線のガラスの吸収が減るので、長焦点で撮る、レンズに直射日光が入る時間とファインダを覗くを極力短くすることは変わらない。紫外線はUVフィルタを入れることで対応する。
BSのシネマ堂本舗で黒沢映画の特集をやっていた。私がリアルタイムで見た黒沢映画は「八月の狂詩曲」と「まあだだよ」。
番組でモノクロ時代の監督の作品のカットが放送される。私が撮ってみたいと思う絵ばかりだ。私はコントラストの高い画が好きだ。しかし黒沢のそれはコントラストはそんなに高くないのに非常に迫力がある。これは俳優たちのすばらしい演技によるものももちろん大きい。赤ひげの香川京子などもう....筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのか。
色がなく、光と影だけで俳優の表情や背景が、動きが描かれる。そして影により視界がふさがれ、また視線が注がれる。「光ではなく影で描く画」それがモノクロなのだ。色情報から我々を解放することで、よりその画の本質に近くなる。
この話には根拠も説得力もかけらも無い。でも私はそう思う。
贅沢とは何だろう。Yahoo!辞書によると、「必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま」とある。ネガティブな意味のようだ。
最近、異常にレンジファインダーのカメラZeiss Ikonが欲しい。これは明らかに贅沢である。銀塩写真は実家から持ってきたCanon AE-1で我慢。Ikonは50mmレンズ付きで安くても17万。うーむ。貯金します。
着々とスタイルシートを更新し、このblogでの基本ルールを決めている。このMovable Type 4は、Transitionalではあるが各記事をvalid XHTMLで書けば、ちゃんとblog全体がvalid XHTMLになって心地良い。
さて、今週はいろいろあったのでblogの再開が遅れてしまった。そろそろ始めようか。不肖ナカヲが書いているblogである"Noise Factory"を始めて見る人はいないだろうが一応書いておく。このblogはサーバースペースにノイズを振り撒く事を目的としているblogである。さらにノイズを振り撒いておきながら、誰にもそのノイズが届かないという状況を理想としている。即ち、あなたが今このページを見ている時点で私の理想は達成されないということになる。願わくば振り蒔ければ....以下略。
このblogは2005年6月に始まり現在に至る。2007年10月にblogspot.comからこのargv.orgに移転した。次に移転する時は、私がこのARGVというグループから追い出された時か、ARGVが無くなった時だろう。2005年6月から2007年10月までの記事はhttp://noisefactory.blogspot.com/にある。
今週はいろいろあった。ってかまだ今週は終わっていないが。日曜には私のbossの息子さんが急遽亡くなられてその通夜と葬儀の受け付けをやった。 連休中にも関わらず集合し、各々が全体を把握し与えられた仕事をこなす。また柔軟にそれを変更する。緊急事態に加速器屋は強い。今回のことで改めて認識した。あと科研費の書類の学内締め切りが昨日だったりで大変だった。
bossや奥様の顔を見ると「身体八腑、これを父母に受く。あえて毀傷せざるは、これ孝のはじめなり」とよく親父殿に言われたことを思い出す。子供は健康でいるだけで親孝行なのだ。親に自分の葬式を出させてはいかんとつくづく思った。以前私は死が自然だからこそ生は貴重だと書いた。今回はさすがに生はやはり貴重だということをつくづく実感させられた。
さてそろそろやめよう。なんかいくつか書きたいことがあったのだが、今週のごたごたで忘れてしまった。まぁ思い出したら書くことだろう。あぁあと近々スタイルシートを変更する事になるだろう。気に入らない。時々見た目が変わるが気にしないように。



