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もしもあなたが、なにかしら電化製品を買ったとしよう。あなたがその製品の機能の全てを自分の都合の良い時に使えないとしたら、たとえばHDDレコーダーを買ったとして、「冬ソナは録画はできるけど、再生できません。録画した冬ソナを見たければ、メーカーの許可を得てください」と言われたとする。そのHDDレコーダーは本当にあなたのものだろうか。
最近携帯電話会社の料金体系が変わり、分割で携帯電話代をちゃんと請求されている。以前のように契約奨励金で所有権の大半をキャリアに持って行かれている時代ではない。我々は携帯電話の全額料金を払って購入しているのだ。
え?払ってないって?
ではなぜ2年縛りという制限があるのか。忘れないでほしい。ちゃんとあなたは2年間即ち24ヶ月でちゃんと分割払いしていることを。
即ち即金で携帯を買おうと、二年縛りを粛々と黙って受け入れようと、我々は携帯電話の所有権を有しており、あなたが持っている携帯電話の全ての機能を使う権利がある。では、我々は本当に携帯電話の全機能を使うことができるのか。
私は自分が持っている、私が所有権を有している、即ち自分が持っている携帯電話くらい全機能を使おうと思えば使えると思っていた。しかし私が持つ携帯電話すら、全ての機能が自由に使えないこということを思い知らされた。
私は先日OpenStreetMapというプロジェクトを知り(このプロジェクトはGPSを持ってその辺を歩き回り地図データをみんなで集めようといものだ)それに貢献しようと私の携帯電話に搭載されているGPS機能を使おうと、定期的にGPSで現在位置を取得し保存するアプリをつくろうとした。しかしdocomo曰く、おまえの携帯のGPSを使いたければ、俺たちの許可を受けろと。即ちiMenuに掲載されていなければ、GPSを使ったアプリケーションは配布させませんよと。
どうやら私が所有権を有していたと思っていた携帯電話は、私の自由にはならないらしい。私の携帯電話に内蔵されているGPSユニットの所有権じゃ私にはないらしい。docomoのiMenuとやらに掲載されなければ私の携帯に内蔵されているGPSユニットは自由に使えないらしい。
今日バーの店員の女の子と一緒に電車に乗って、携帯電話の話をした。「何か携帯電話に不満がある?」と聞くと、「時々mailが届いて、時々Web pageが見れて、時々電話が通じればいい」と。でも時々「道に迷って現在位置がわかるのも良いですね」
非常にまっとうな意見だ。おそらく一般的な意見だと思う。私も先週までそうだった。でもいざ使おうとした時に使えないのは納得いかない。もしもdocomoの契約書にサインした書類に、「 携帯端末をdocomoがいくらで売りつけようとも、お前らの自由にさせない」という条項が含まれていたのならしかたがない。サインした以上受け入れよう。しかしこう私が言ってもいいはずだ
携帯電話ユーザの諸君、君たちの携帯電話は本当に君たちのものなのか?
こんなタイトルにすると、アクセスが伸びるかな。(笑)
7月17日のニュースの深層を見ていたら、先の国会で成立した「ネット規制法」について議論していた。この法律は18歳以下の携帯電話からのインターネット利用について、保護者からの要請がない限りフィルタリングを義務づけるという法律だ。
衆議院のWebサイトにある、ネット規制法の法案「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」によると、第二条(定義)に以下の規定がある。
3 この法律において「青少年有害情報」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧(視聴を含む。以下同じ。)に供されている情報であって青少年の健全な成長を著しく阻害するものをいう。
4 前項の青少年有害情報を例示すると、次のとおりである。
一 犯罪若しくは刑罰法令に触れる行為を直接的かつ明示的に請け負い、仲介し、若しくは誘引し、又は自殺を直接的かつ明示的に誘引する情報
二 人の性行為又は性器等のわいせつな描写その他の著しく性欲を興奮させ又は刺激する情報
三 殺人、処刑、虐待等の場面の陰惨な描写その他の著しく残虐な内容の情報
3 この法律において「青少年有害情報」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧(視聴を含む。以下同じ。)に供されている情報であって青少年の健全な成長を著しく阻害するものをいう。
9 この法律において「青少年有害情報フィルタリングソフトウェア」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報を一定の基準に基づき選別した上インターネットを利用する者の青少年有害情報の閲覧を制限するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)をいう。
この法律で義務づけられているフィルタリングの対象は、「インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報」であると規定されている。どうやらこの法律はWebを対象にしているようだ。Web=インターネットという感覚を見るに、お役人様のネットワークの知識は....orz
さてもし私が、うら若き青少年にエロ画像をばらまくという暴挙に出ると仮定しよう。どうするか。簡単である。有害情報を添付するメールマガジンを始めれば良い。おそらくこのメールマガジンの登録を受け付けるWebサイトは有害情報と認定されるだろうから、コンビニで売っている雑誌にでも、「subscribe@example.comにメールを送るとむふふ画像が!」的な広告を載せれば良いだろう。もっとやればハイパーリンクをemailで代用することができるかもしれない。
まぁこのアイデアは、この法律がいう「有害情報」が、インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報の一部であると限定されており、メールマガジンが公衆の閲覧に供していないということを前提としている。即ち「公衆の閲覧に供されている」の解釈によって、どーにでもなるという弱さを持っている。また施行から3年後に見直すということなので、本当にやろうと思った人は注意しましょう。(笑) もちろんこの記事は冗談である。私がやることは、さらさら考えていないし、誰かが本当にやって、私に責任転嫁しても責任はとれないのでそのつもりで。
そもそも誰が、有害情報を認定するのだろう。この法律によると、登録された民間の団体らしいが、青少年に有害か否かというのは主観的なものだ。例えば保坂議員によると、高市早苗議員が委員長の自民党青少年特別委員会が「有害情報は国が定義する」という結果を出したとのことだ。「有害情報は国が定義するなんていう考えが有害だなぁと」私は考える。このくらい主観的なものだ。 まぁ西洋のようにメジャーな宗教によって基本的なコンセンサスがある場合はどうにかなるかもしれないが、現在の日本ではグレーゾーンが広くなりすぎて難しいと思う。よってその団体は、何か問題が起こった時に、フィルタリングが甘かったからだと攻撃されないように、無駄に規制をかける懸念がある。昨今の風潮を見るに特にそう思う。
傑作だったのは、現在20歳未満を対象に行われている携帯サイトのフィルタリングは、総務省 インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会 中間とりまとめ[PDF]によると、アダルトや違法行為、オカルト、出会い系はもちろん、宗教や政治に関するサイトもフィルタリングされているということだ。つまり若者は、政治家の先生方のWebサイトを携帯電話から見ることができないのだ。宗教もダメなので、法隆寺や唐招提寺といった古寺はもちろん、靖国神社もNG。高市センセほんとうによろしいんですかぁ?(笑)
最後にようやく本題。驚くべき事に、ここまでは前置きだったのだ。もう誰も読んではいるまい。
私は、前述の番組を見て、ゲストの保坂議員が提示した資料の元ネタを探すといった調査を、この記事を書くために2時間ほど行った。この法律の対象たる青少年が、テレビ番組を見て、興味を持った or 納得いかない事を自分で調査するという行為が、このフィルタリングによって阻害されないか、私は非常に心配である。二分割施思考に陥らないオトナになるためには、疑問を持ったら自分で調べ、そして考えるという訓練を若い頃に始めるということは、非常に重要なので。
gooの国語辞典によると、生き甲斐とは、
生きるに値するだけの価値、生きていることの喜びや幸福感
を意味することらしい。これを信用するならば、生きるに値するだけの価値とは何かをまず考える必要がある。そんなことは死ぬ寸前の病院のベッドで考えればいいことだ。憎まれっ子世に憚るファクタを考慮して寿命を90年とすると、30なんてまだ人生を達観するにはデータが足りない。(とはいえ、明日死んでも悔いがないように努力しているのは秘密だ。しかし、まったくうまくいっていないことはもっと秘密だ。)
もしも今ウダウダ言いたいのなら、二つ目の意味を考えるべきだろう。即ち今、喜びや幸福感を得られるものだ。そういうものなら、生き甲斐なんて何でも良いと思う。人は日々変わっていく。生き甲斐を一つに絞る必要も、普遍的なものである必要もない。私だって結婚できれば、カミさんの顔を見るとか、子供という要素が加わることだろう。きっと。
時間はある。答えは(おそらく自分以外)誰も求めていないし、何が正しいのかは主観的で不確定なものである。
よって私の場合、今夜もまた一杯呑むってのが生き甲斐のひとつである。
のりぞうよ、私を尊敬したまえ。(笑)
ローソンが温室効果ガス排出権を個人向けに売り始めた。買うと証書とカードをくれるらしい。ローソンが自主的に行っている環境保全・社会貢献活動の一環のようである。これを聞いたとき胡散臭さを感じたので調べてみた。
今回ローソンが売っている排出権は、アルゼンチンの風力発電所の建設によるClean Development Mechanism (CDM) で得たクレジット(排出権)である。この事業および排出権は国連の機関であるUNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change)で認められているので、この排出権自体は問題ない。
正直言うと、ここまで調べて私は買っても良いかなと思った。なぜなら排出権の値段が上がったら売っぱらって一儲けしようと目論んだからだ。だがローソンのWebページを見ると購入した排出権は日本国政府の償却口座に移転済みで、転売はできないとのことだ。つまり効力切れの排出権を売っているということ。うーむ。いったい何の意味があるのか。これを買ったからといって、地球上の温室効果ガスが減る訳でもなければ、購入者が温室効果ガスを排出してよいという免罪符になるわけでもない。意味があるとすれば、日本の企業が獲得した排出権を海外に流出するのを防げることくらいか。
この話を持ってきてくれた、某(婚活)Blog Watcher N女史が、「なんかホワイトバンドと同じ香りがする」と指摘してくれた。ホワイトバンドとは、ちょっと前に流行った「ほっとけない 世界のまずしさ」をスローガンにして売り出した白い輪ゴムである。確か売り上げから全く寄付されていないということで、ひと騒動になったのが記憶に新しい。今思えば、事実上ホワイトバンドは「私は世界の貧困に関心があります」ということをアピールするアクセサリーだった。
私はこの指摘を聞いて、最初に感じた胡散臭さの原因がわかった。つまりこの排出権は「私はエコライフをしてますよ」ということをアピールするアクセサリーなのじゃないかと。なぜならこの排出権を買うと、「買った排出権は政府の償却口座に移転しましたよ」という証書のほかにカードがついてくるからだ。アクセサリーじゃなかったらカードは不要だろう。
ではいわゆる「地球にやさしい」生活をするにはどうすればよいのか。まず電気、ガソリン、灯油、ガス等の家庭、職場でのエネルギ消費量を減らすことだ。そして生活に必要ではない製品を極力購入しないことだ。なぜなら製造、流通、廃棄を通じて環境負荷を伴わない製品は(おそらく)存在しないからだ。
あえて断っておくが、私はローソンが売り始めた排出権を買うなといっているわけではない。むしろ私は買おうと思っている。合コンでカードを見せびらかして、蘊蓄をたれるって用途には絶好だからね。
BSのシネマ堂本舗で黒沢映画の特集をやっていた。私がリアルタイムで見た黒沢映画は「八月の狂詩曲」と「まあだだよ」。
番組でモノクロ時代の監督の作品のカットが放送される。私が撮ってみたいと思う絵ばかりだ。私はコントラストの高い画が好きだ。しかし黒沢のそれはコントラストはそんなに高くないのに非常に迫力がある。これは俳優たちのすばらしい演技によるものももちろん大きい。赤ひげの香川京子などもう....筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのか。
色がなく、光と影だけで俳優の表情や背景が、動きが描かれる。そして影により視界がふさがれ、また視線が注がれる。「光ではなく影で描く画」それがモノクロなのだ。色情報から我々を解放することで、よりその画の本質に近くなる。
この話には根拠も説得力もかけらも無い。でも私はそう思う。
確かNHKの戦後50年を振り返る番組のコピーだったと思う。 こう言える今の人間が何人いるだろう。少なくとも40代以下に。 私の父は「お前の時代にはまた戦争するよ」との幼い私に何度も言った。当時は全然理解できなかった。 最近やけにリアリティが出てきたと感じる、
戦中、戦後を経験した彼らは本気でこの50年を次の100年に使ってくれと本気で言えたし、今も言っていると思う。 翻って私を含め、40代であったり今の日本を支えている(であろう)人々が本気でそんな事が言えるだろうか。
正直個人的には民主党には魅力を感じない(とはいえ数人の民主党議員には知性を感じる)のだが、この10年を犠牲にして 無理難題を承知で(民主党が失敗することを承知で)民主党に政権をやらせて政権交代を5年以上続けてみるのも悪くないと思う。 これには、この50年を次の100年に使って下さいという我々若手のコンセンサスが必要だ。 初期の民主党政権の失政を自民党政権よりマシだったという評価を下すという国民の寛容さが必要だが。 とはいえアメリカの二代政党は、戦争を回避できた試しが無いので危険であるという認識はある。
最近読んでいる本の作者は、ワイドショーお始めマスコミに完全に悪役として叩かれた人だ。鈴木宗男とともに。 そういえば年金の以下略が確定した。まぁ計算機を知っている人であれば、安倍ッチが言い出した時点で以下略であったことは言うに及ばずだったはずだ。 最近年金どーのこーの言わないなぁ。老後のかなりクリティカルな問題だと思うのだが。最近の話題は、ロス疑惑の亡霊か。
彼は獄中記の中で、「思考する世論」に訴えて行く事で世論に訴えて行く、自身の裁判に不利であっても 調書を未来の歴史家の資料に足るものにしようという意思で戦っている。 少なくとも私が(不本意ながら)確認している数人の読者は、私が見るに「思考する世論」の構成員だと思う。 さて「思考する世論」諸君。意見はどうだろうか。
正午ごろ目覚め、少し調べ物をする。15時ごろ「婚活」の時代を買いに津田沼の本屋へ行くも見つからず。この本は、小飼弾氏のblog 404 Blog Not Foundの書評で見つけたもの。
最近はやけに結婚に関するものが目に付くようになった。もちろん私がアクセスできる情報の中で結婚に関する情報の量は、大きく変化していないはずだ。にもかかわらず最近やけに目に付くようになったのは何故か。もちろん先日の縁談に原因があるはずだ。それまでは結婚に関する情報が存在していることすら認識していなかった。
私は、人の認識にはパターンマッチングが大きく関わっていると考えている。五感や記憶から入力された情報は脳に伝達され、おそらく脳の中にあるパターンリストと入力された情報を比較し、マッチしたものや近いものがあれば強く認識され、目を向けたり、比較的強く記憶に残ったりするのであろう。もちろんこれは私の経験から生まれた仮説であり、本当のところはどうなのか私は知らない。
おそらく私の頭の中のパターンリストに「結婚」というパターンが加わったと思われる。やけに目に付くのはこのためだろう。
この脳のパターンマッチングを血液型と性格の関連に適応してみると、A型は几帳面というパターンがパターンリストにあると、A型の人を見たときにそのパターンが他の性格と比べて強く認識されるために印象に残り、A型は几帳面という認識ができあがるのであろう。そしてこれが繰り返されると、さらに強い印象になり、信じ込んでしまう。こう考えると元帥閣下の血液型に関する持論が説明できる。
もしも頭の中のパターンリストに自分に都合が良いパターンばかり入っていると、どうなるか。おそらく自分に都合の良い情報ばかり認識され、自分に都合が悪い情報は耳に入らないということになる。 たとえば私よりも優れた人がいないというパターンがリストに入ってしまうと、他人が自分よりも優れているところが認識できず、傲慢な態度を生み出すことになるだろう。 しかしながらBBCのメンバとしては都合の良い情報を聞きたいし、そうでない情報は耳に入れたくないというのも事実。攻殻機動隊 Individual Elevenにある「人は低きに流れる」という台詞はこういうことなのだろうか。ちなみにBBCとはBoso Bonno Committee(房総煩悩委員会)の略である。
昨日から佐藤優著「獄中記」を読み始めた。非常に面白い。
といってもヒトゴトである。別に私はキリスト教徒ではなく、一緒に過ごしてくれる恋人はおらず、家族とは遠く離れている。あぁそういえば日本の公認サンタのパラダイス山元氏は私の大学の先輩だ。どーでもいいか。
150人ほどの公認サンタ達は毎年夏にデンマークに集まり免許を更新し、世界で売られている三分の二のクリスマスツリーと、プレゼントで配られるおもちゃの大半は中国で製造され、クリスマスディナーに欠かせない七面鳥はシンガポールで大量飼育されている。良い子は見てはいけないクリスマスの現実だ。National Geographics Channelでそんな番組をやっている。
恋人達にとって、子供達にとって特別なこの日を演出するのに、世界中の多くの人の手がかけられている。このクリスマスツリーはどこからきたのか、このおもちゃはどで作られたのか、このディナーの、彼女に今奪われた指輪の資金はどこから出たのか。これらのことに思いを馳せるのもクリスマスの意味の一つかもしれない。
とウダウダ言っている私は、この連休中ダラダラとすごし、ちょっと読書して無駄に時間を浪費するという至高の贅沢を堪能した。今は件の番組を見つつ、CAOL ILAのロックを呑んでいる。
Dec 25, 2007 0307JST追記。今Google Earthでサンタさんを追跡中。データ提供は毎年おなじみNORAD。現在マダガスカルにいるようだ。
ぼちぼち指摘されはじめたことだが、衆院と参院が異なる議決を出すことは想定済みだ。憲法ではね。まぁ与党、野党にとって想定済みかどうかは別の話か。衆院と参院の多数党が異なっている今の状況が異常な事のように報道されているようだが、報道機関は政策に関する情報を与党からもらい続けていたはずなので、与党寄りの報道をしがちになっているのではないかと、つい勘ぐってしまう。
あと業務連絡。今年の年末の帰省は12月29日から1月5日です。航空券は確保しました。この一週間は友人達との会食、親戚まわり、家族との団らん、あと少しの勉強などに費やす予定です。みなさん遊んでください。
書きたい事はいくつかあるのだが、余裕がない。今週は工事で運転がないのだが、運転がないときほど忙しい。マシンが止まっている時しかできない仕事がたくさんあるからだ。忙しい時は書きたい事が思いつくのだが、ヒマになると途端に書く事が無くなるのが不思議だ。









