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オタ芸対策。以上。
珍しく地上波をザッピングしていたら、NHK の Music Japan のアニソン特集にトラップされた。アニオタに告ぐ。そろそろろお前らは新しい芸を覚えろ。
最近のアニメがどうのこうの言う前に、あのセンスをどうにかしろ。蒼穹のファフナーのオープニングとか、バカの一つ覚えの踊りができる感覚が理解できない。お前らはちゃんとあの作品を見たのか。ちゃんと歌詞を理解できているのか。
はっきり言っておく。アニオタよ、お前らの創造性のなさがアニソンの自由度を奪っている。この理由が理解できないのなら、アニオタをやめろ。それが日本のアニメのためになる。心からアニメが好きなら、そのアニメのためにアニメから身を引け。以上。
最近のGoogle coding blogの記事を見ると、GoogleはHTML5への積極的な対応をしている。ChromeもHTML5を徐々にサポートしつつある。W3CがWHATWGに尻を叩かれて、HTML5の議論を本格的に始めたし、これから着々とHTML5の仕様が決まり、対応が進むのかな。
せっかくなのでW3CのHTML5のTechnical Reportをざっと見てみた。 いままで独立した仕様だったDOMがHTMLの一部として定義されているところから、HTML4に「振る舞い」を加えたものになっているようだ。
HTML5対応のブラウザが普及するまでに時間はもう少しかかるだろうが、おそらくAjaxをはじめとするWebアプリケーションの時代が来るのだろう。一般的なアプリケーションのロジックとデータはネットワークの向こう又はLANの中のサーバにあり、ブラウザがJavaScriptインタープリターとしてユーザーインターフェースを担当する。シンクライアントの時代に。
そうなると、例えば家庭に1台マルチコアのCPUを持つHome Serverがあり、家族はブラウザが動く程度の小さな端末でサーバに入っているアプリケーションをみんなで使うことになる。大半の人のPCの用途であるWeb、Mail、文書作成、閲覧、表計算くらいであればすでに実用化されている。もちろん小さな端末といっても、ディスプレイは大きくてもいいし、iPod touchをB5サイズにしたようなタッチパネルの端末でもいい。ただそうなると、数値計算でつかうような高速な計算機は、スケールメリットを失うので非常に高くなるなぁ。
HTML5が普及するにつれて、PCの利用に関してパラダイムシフトが徐々に起こるだろう。だがおそらくこれは企業から先に普及する。一般の人はケータイで満足しているから。とはいえ企業がこのパラダイムシフトに対応できるかどうか、これはまた別の話か。
言うまでもないが、HTML5の仕様がこのまま固まったとしても、目論見通り普及するとは限らないし、私が頓珍漢な認識しか持っていない可能性もある。鵜呑みにして騒いでも私は責任を一切とらない(ってか、とれない)のでそのつもりで。
写真はカメラが届いてから。
2009-06-06 追記
写真を追加しました。
豚インフルエンザをA型インフルエンザと呼ぶ事が決まったらしい。豚肉製品への風評被害への対応という。豚肉を食べたらインフルエンザがどうのこうの言う人は、火を通せば大丈夫なので。豚肉を生で食べる文化は日本人には稀だろう。そのような文化を持っている人はしばらくあきらめましょう。
疫学的には、A型インフルエンザが流行すると他のA型インフルエンザは流行できないという。 これが本当ならば成田空港でひっかかるA型インフルエンザ感染者が香港型ソ連型であるかぎり豚インフルエンザは流行していないということになる。
パンデミック警戒フェーズが3から5に短期間で上がった事に騒いでいたようだが、フェーズ5までは明確な基準がある。例えばフェーズ5は、「二カ国以上で人から人への感染の証拠がある」という状態だ。ただし6は別だ。フェーズ6は大流行を宣言するもので、明確な基準は無い。WHOはおそらく、新たなA型インフルエンザの感染者が香港型、ソ連型の感染者ではなく、豚インフルエンザだけになった時にフェーズ6に上げるだろう。
日本では梅雨が来るまでインフルエンザの流入を阻止すればひとまずは勝ちだ。冬になるとまた危機が訪れるのでそれまでにワクチンが開発されていれば完全勝利。そうでなければヤバい。これから冬になる南半球でどうなるか。これで色々決まるだろう。今の所流入は防げていることになっているが、断じて油断してはならない。梅雨が来るまでは。そして冬が来てからは。
豚インフルエンザの感染が広がっているようだ。1:00のBSニュースによると、WHOの報道官が、次のことを発表していた。
- 現在緊急専門家委員会を開催していること
- 明日行われる予定だったこの委員会を一日前倒ししたこと
- パンでミック警戒フェーズを据え置くか、4又は5に引き上げるかを討議していること
- まだ議論中なので見通しを発表する事はできないこと
その後、委員会を一日前倒ししたこと、この一日でメキシコとアメリカだけでなく欧州とオーストラリアに感染者および感染の疑いがある人が発生し、感染が広がっていることから、察してくれ的な発言をしていた。また警戒フェーズを3から5に引き上げる可能性も示唆していることに鑑みて、フェーズは上がるのではないかと私は予想する。もしもそうなら今朝のニュースはこのニュースでもちきりになり、H5N1鳥インフルエンザと混同した、危険性を煽りまくった報道が行われる可能性がある。私を含め不謹慎にもワクワクする気持ちを抑え冷静に対応しよう。(私が予想を公言すると、たいてい外す。今回も外れる事を期待しよう。)
無知が一番いけない。大騒ぎする報道を尻目に情報を収集し、冷静に分析しよう。幸いH5N1のような強毒型のインフルエンザではなくA/H1N1という弱毒型であるようだ。さらにH5N1の感染拡大についての情報は既にネット上にあふれている。H5N1だろうと、H1N1だろうと、感染を拡大させないための方策はそう変わらないだろう。
パンデミックに対応する3種類のワクチンがあるという。プレパンデミックワクチン、パンデミックワクチン、そして知識のワクチン。今回は新種なのでプレパンデミックワクチンもパンデミックワクチンも存在しない。だが知識のワクチンは存在する。インターネットや当局の広報等を利用して知識のワクチンを接種しよう。
自分で身を守る方法もちゃんとある。ほぼ日の連載高山先生、新型インフルエンザについて教えてくださいによると
- うがい
- 手洗い
- 顔洗い
とのこと。おいおい本当にこの程度で良いのか?と思って、CDC(米国疾病予防センタ)のPreventing the Flu: Good Health Habits Can Help Stop Germs(インフルエンザを防ぐ:良い生活習慣で病原菌は避けられる)を読むと、
- Avoid close contact.(人ごみを避ける)
- Stay home when you are sick.(病気のときは家から出ない)
- Cover your mouth and nose.(口と鼻を覆う)
- Clean your hands.(手を洗う)
- Avoid touching your eyes, nose or mouth.(目、鼻、口に触れない)
- Practice other good health habits.(その他の健康に良いことを行う)
とある。そんなにレベルは変わらない。どうやら幼稚園や小学校で習った基本的習慣は、パンデミックを防ぐこともできるようだ。まず私はここからやってみようと思う。
私は医学に関しては素人だし、誤解を与えたり、誤訳がある可能性がある。間違っても私を信用せず自ら情報を集め判断するべきということは、言うまでもない。
まだ確定申告期間が来ていないのに....と思った人。すばらしい。でも還付申告はもう受け付けているのだ。還付目的で確定申告をしようと目論んでいる方は、お早めに。
2年前にネットで確定申告ができるようにしたので、今年はえらい楽だった。どーせ来年も確定申告が必要だとわかっている人は、公的個人認証付きの住基ネットカードと、カードリーダを準備して、電子署名ができるように準備すべきだ。え~らい楽。二年前は色々以下略だったが、今年は国税庁の確定申告書等作成コーナーで作った申告書(Webベースで作れる)を、住基ネットカードに入っている秘密鍵で署名して、そのままネット経由で提出できるようになっていた。だんだん進化しているな。国税庁。もう少しがんばれ。
さて、一ヶ月以上も放置してしまったが、久しぶりの更新である。一月には歴史的な出来事があったようだ。私の姉に子供が生まれたとか。え?そっちじゃないって?
オバマ米国大統領が指名受諾演説をしたその日、NHKアメリカ総局の有働アナウンサが、
「選挙中はYes We Canといっていたが、これからはYes We've Doneと言えるかが課題だ」
と言っていた。本当にそのとおりだと思う。大統領に就任した今でこそ、彼への過度な期待へ反省が聞こえてくるが、当時はオバマが大統領になればすべてうまくいくといった雰囲気だった。海外特派員の方々には、本国に惑わされずに現地の空気や、自分たちが得たIntelligenceをそのまま伝えるようにお願いしたい。国内の報道は、どのチャンネルも同じことを言っているので。手嶋龍一氏といいアメリカ総局にはやはり手練が派遣されてるな。
さて、前述のとおりオバマはマジシャンのように世界を変えてくれるといった期待が満ちているようだが、そう簡単ではないだろう。少なくとも今年はブッシュが決めた予算に拘束されるから。おそらくオバマは即効性のある改革への期待には、ある程度応えてくれるだろうが、失望する時がきっと来る。その原因は彼の能力というよりも、我々の過度な期待によって。彼の手腕が本当に発揮されるのは、次の三大教書(一般教書、予算教書、経済教書)から。まぁそれまで我々は、彼への期待を覚えているかどうかは甚だ疑問だが、なんだかんだ責任転嫁に使われるから、後でしぶしぶ思い出させられるかもね。(笑)
とにかく還付目的の確定申告はもう受け付けてくれるので、お早めに。
追記
なんか、確定申告まとめサイトらしきところにトラックバックされたので、追記しておこう。インターネットを普通に使える人が、毎年確定申告しなければならいならば、初年度は面倒だが、住基ネットカードと、国税庁のアカウントと、カードリーダを取得して、電子申告の準備をするべきだ。今年も最大5000円の控除もあるし。
ネットで申告書を作るといっても、結局、作成する申告書自体は紙と同じなので、初年度は確定申告の手引き(申告書の書き方)を税務署なり出張所でもらってきて、読んでおくのがよいだろう。自分はどういう控除を受けられるのかを必ず確認しておく。一度は手引きを見ながら申告書を手で書くべきだ。二年目からはほぼ同じなので、ポンポン進む。実際私の今年の申告にかかった時間は30分程度だった。
パソコンのことが詳しくない人や、一度も申告書を書いたことのない人はe-Taxはお勧めしない。確定申告書等作成コーナーを使うべきだ。計算機に詳しくない人は、Javaの環境づくりや、公開鍵暗号に苦労するだろうし、申告書を書いたことのない人は、最初に聞かれるどの「書類を作成しますか?」という質問に答えられないだろうから。
もしもあなたが、なにかしら電化製品を買ったとしよう。あなたがその製品の機能の全てを自分の都合の良い時に使えないとしたら、たとえばHDDレコーダーを買ったとして、「冬ソナは録画はできるけど、再生できません。録画した冬ソナを見たければ、メーカーの許可を得てください」と言われたとする。そのHDDレコーダーは本当にあなたのものだろうか。
最近携帯電話会社の料金体系が変わり、分割で携帯電話代をちゃんと請求されている。以前のように契約奨励金で所有権の大半をキャリアに持って行かれている時代ではない。我々は携帯電話の全額料金を払って購入しているのだ。
え?払ってないって?
ではなぜ2年縛りという制限があるのか。忘れないでほしい。ちゃんとあなたは2年間即ち24ヶ月でちゃんと分割払いしていることを。
即ち即金で携帯を買おうと、二年縛りを粛々と黙って受け入れようと、我々は携帯電話の所有権を有しており、あなたが持っている携帯電話の全ての機能を使う権利がある。では、我々は本当に携帯電話の全機能を使うことができるのか。
私は自分が持っている、私が所有権を有している、即ち自分が持っている携帯電話くらい全機能を使おうと思えば使えると思っていた。しかし私が持つ携帯電話すら、全ての機能が自由に使えないこということを思い知らされた。
私は先日OpenStreetMapというプロジェクトを知り(このプロジェクトはGPSを持ってその辺を歩き回り地図データをみんなで集めようといものだ)それに貢献しようと私の携帯電話に搭載されているGPS機能を使おうと、定期的にGPSで現在位置を取得し保存するアプリをつくろうとした。しかしdocomo曰く、おまえの携帯のGPSを使いたければ、俺たちの許可を受けろと。即ちiMenuに掲載されていなければ、GPSを使ったアプリケーションは配布させませんよと。
どうやら私が所有権を有していたと思っていた携帯電話は、私の自由にはならないらしい。私の携帯電話に内蔵されているGPSユニットの所有権じゃ私にはないらしい。docomoのiMenuとやらに掲載されなければ私の携帯に内蔵されているGPSユニットは自由に使えないらしい。
今日バーの店員の女の子と一緒に電車に乗って、携帯電話の話をした。「何か携帯電話に不満がある?」と聞くと、「時々mailが届いて、時々Web pageが見れて、時々電話が通じればいい」と。でも時々「道に迷って現在位置がわかるのも良いですね」
非常にまっとうな意見だ。おそらく一般的な意見だと思う。私も先週までそうだった。でもいざ使おうとした時に使えないのは納得いかない。もしもdocomoの契約書にサインした書類に、「 携帯端末をdocomoがいくらで売りつけようとも、お前らの自由にさせない」という条項が含まれていたのならしかたがない。サインした以上受け入れよう。しかしこう私が言ってもいいはずだ
携帯電話ユーザの諸君、君たちの携帯電話は本当に君たちのものなのか?
こんなタイトルにすると、アクセスが伸びるかな。(笑)
7月17日のニュースの深層を見ていたら、先の国会で成立した「ネット規制法」について議論していた。この法律は18歳以下の携帯電話からのインターネット利用について、保護者からの要請がない限りフィルタリングを義務づけるという法律だ。
衆議院のWebサイトにある、ネット規制法の法案「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」によると、第二条(定義)に以下の規定がある。
3 この法律において「青少年有害情報」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧(視聴を含む。以下同じ。)に供されている情報であって青少年の健全な成長を著しく阻害するものをいう。
4 前項の青少年有害情報を例示すると、次のとおりである。
一 犯罪若しくは刑罰法令に触れる行為を直接的かつ明示的に請け負い、仲介し、若しくは誘引し、又は自殺を直接的かつ明示的に誘引する情報
二 人の性行為又は性器等のわいせつな描写その他の著しく性欲を興奮させ又は刺激する情報
三 殺人、処刑、虐待等の場面の陰惨な描写その他の著しく残虐な内容の情報
3 この法律において「青少年有害情報」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧(視聴を含む。以下同じ。)に供されている情報であって青少年の健全な成長を著しく阻害するものをいう。
9 この法律において「青少年有害情報フィルタリングソフトウェア」とは、インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報を一定の基準に基づき選別した上インターネットを利用する者の青少年有害情報の閲覧を制限するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)をいう。
この法律で義務づけられているフィルタリングの対象は、「インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報」であると規定されている。どうやらこの法律はWebを対象にしているようだ。Web=インターネットという感覚を見るに、お役人様のネットワークの知識は....orz
さてもし私が、うら若き青少年にエロ画像をばらまくという暴挙に出ると仮定しよう。どうするか。簡単である。有害情報を添付するメールマガジンを始めれば良い。おそらくこのメールマガジンの登録を受け付けるWebサイトは有害情報と認定されるだろうから、コンビニで売っている雑誌にでも、「subscribe@example.comにメールを送るとむふふ画像が!」的な広告を載せれば良いだろう。もっとやればハイパーリンクをemailで代用することができるかもしれない。
まぁこのアイデアは、この法律がいう「有害情報」が、インターネットを利用して公衆の閲覧に供されている情報の一部であると限定されており、メールマガジンが公衆の閲覧に供していないということを前提としている。即ち「公衆の閲覧に供されている」の解釈によって、どーにでもなるという弱さを持っている。また施行から3年後に見直すということなので、本当にやろうと思った人は注意しましょう。(笑) もちろんこの記事は冗談である。私がやることは、さらさら考えていないし、誰かが本当にやって、私に責任転嫁しても責任はとれないのでそのつもりで。
そもそも誰が、有害情報を認定するのだろう。この法律によると、登録された民間の団体らしいが、青少年に有害か否かというのは主観的なものだ。例えば保坂議員によると、高市早苗議員が委員長の自民党青少年特別委員会が「有害情報は国が定義する」という結果を出したとのことだ。「有害情報は国が定義するなんていう考えが有害だなぁと」私は考える。このくらい主観的なものだ。 まぁ西洋のようにメジャーな宗教によって基本的なコンセンサスがある場合はどうにかなるかもしれないが、現在の日本ではグレーゾーンが広くなりすぎて難しいと思う。よってその団体は、何か問題が起こった時に、フィルタリングが甘かったからだと攻撃されないように、無駄に規制をかける懸念がある。昨今の風潮を見るに特にそう思う。
傑作だったのは、現在20歳未満を対象に行われている携帯サイトのフィルタリングは、総務省 インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会 中間とりまとめ[PDF]によると、アダルトや違法行為、オカルト、出会い系はもちろん、宗教や政治に関するサイトもフィルタリングされているということだ。つまり若者は、政治家の先生方のWebサイトを携帯電話から見ることができないのだ。宗教もダメなので、法隆寺や唐招提寺といった古寺はもちろん、靖国神社もNG。高市センセほんとうによろしいんですかぁ?(笑)
最後にようやく本題。驚くべき事に、ここまでは前置きだったのだ。もう誰も読んではいるまい。
私は、前述の番組を見て、ゲストの保坂議員が提示した資料の元ネタを探すといった調査を、この記事を書くために2時間ほど行った。この法律の対象たる青少年が、テレビ番組を見て、興味を持った or 納得いかない事を自分で調査するという行為が、このフィルタリングによって阻害されないか、私は非常に心配である。二分割施思考に陥らないオトナになるためには、疑問を持ったら自分で調べ、そして考えるという訓練を若い頃に始めるということは、非常に重要なので。
gooの国語辞典によると、生き甲斐とは、
生きるに値するだけの価値、生きていることの喜びや幸福感
を意味することらしい。これを信用するならば、生きるに値するだけの価値とは何かをまず考える必要がある。そんなことは死ぬ寸前の病院のベッドで考えればいいことだ。憎まれっ子世に憚るファクタを考慮して寿命を90年とすると、30なんてまだ人生を達観するにはデータが足りない。(とはいえ、明日死んでも悔いがないように努力しているのは秘密だ。しかし、まったくうまくいっていないことはもっと秘密だ。)
もしも今ウダウダ言いたいのなら、二つ目の意味を考えるべきだろう。即ち今、喜びや幸福感を得られるものだ。そういうものなら、生き甲斐なんて何でも良いと思う。人は日々変わっていく。生き甲斐を一つに絞る必要も、普遍的なものである必要もない。私だって結婚できれば、カミさんの顔を見るとか、子供という要素が加わることだろう。きっと。
時間はある。答えは(おそらく自分以外)誰も求めていないし、何が正しいのかは主観的で不確定なものである。
よって私の場合、今夜もまた一杯呑むってのが生き甲斐のひとつである。
のりぞうよ、私を尊敬したまえ。(笑)
ローソンが温室効果ガス排出権を個人向けに売り始めた。買うと証書とカードをくれるらしい。ローソンが自主的に行っている環境保全・社会貢献活動の一環のようである。これを聞いたとき胡散臭さを感じたので調べてみた。
今回ローソンが売っている排出権は、アルゼンチンの風力発電所の建設によるClean Development Mechanism (CDM) で得たクレジット(排出権)である。この事業および排出権は国連の機関であるUNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change)で認められているので、この排出権自体は問題ない。
正直言うと、ここまで調べて私は買っても良いかなと思った。なぜなら排出権の値段が上がったら売っぱらって一儲けしようと目論んだからだ。だがローソンのWebページを見ると購入した排出権は日本国政府の償却口座に移転済みで、転売はできないとのことだ。つまり効力切れの排出権を売っているということ。うーむ。いったい何の意味があるのか。これを買ったからといって、地球上の温室効果ガスが減る訳でもなければ、購入者が温室効果ガスを排出してよいという免罪符になるわけでもない。意味があるとすれば、日本の企業が獲得した排出権を海外に流出するのを防げることくらいか。
この話を持ってきてくれた、某(婚活)Blog Watcher N女史が、「なんかホワイトバンドと同じ香りがする」と指摘してくれた。ホワイトバンドとは、ちょっと前に流行った「ほっとけない 世界のまずしさ」をスローガンにして売り出した白い輪ゴムである。確か売り上げから全く寄付されていないということで、ひと騒動になったのが記憶に新しい。今思えば、事実上ホワイトバンドは「私は世界の貧困に関心があります」ということをアピールするアクセサリーだった。
私はこの指摘を聞いて、最初に感じた胡散臭さの原因がわかった。つまりこの排出権は「私はエコライフをしてますよ」ということをアピールするアクセサリーなのじゃないかと。なぜならこの排出権を買うと、「買った排出権は政府の償却口座に移転しましたよ」という証書のほかにカードがついてくるからだ。アクセサリーじゃなかったらカードは不要だろう。
ではいわゆる「地球にやさしい」生活をするにはどうすればよいのか。まず電気、ガソリン、灯油、ガス等の家庭、職場でのエネルギ消費量を減らすことだ。そして生活に必要ではない製品を極力購入しないことだ。なぜなら製造、流通、廃棄を通じて環境負荷を伴わない製品は(おそらく)存在しないからだ。
あえて断っておくが、私はローソンが売り始めた排出権を買うなといっているわけではない。むしろ私は買おうと思っている。合コンでカードを見せびらかして、蘊蓄をたれるって用途には絶好だからね。
BSのシネマ堂本舗で黒沢映画の特集をやっていた。私がリアルタイムで見た黒沢映画は「八月の狂詩曲」と「まあだだよ」。
番組でモノクロ時代の監督の作品のカットが放送される。私が撮ってみたいと思う絵ばかりだ。私はコントラストの高い画が好きだ。しかし黒沢のそれはコントラストはそんなに高くないのに非常に迫力がある。これは俳優たちのすばらしい演技によるものももちろん大きい。赤ひげの香川京子などもう....筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのか。
色がなく、光と影だけで俳優の表情や背景が、動きが描かれる。そして影により視界がふさがれ、また視線が注がれる。「光ではなく影で描く画」それがモノクロなのだ。色情報から我々を解放することで、よりその画の本質に近くなる。
この話には根拠も説得力もかけらも無い。でも私はそう思う。






