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今日は、午後からジャンクションツアー川沿い編と夜はロケットまつり37に参加した。ジャンクションツアーは寒かった。すげーさむかった。でもやっぱり首都高速は、非常に面白い構造物が多く見ていて楽しかった。
つくづく思ったのは、やはり首都高速は無理矢理作られた高速道路だということ。なぜなら左の写真のように非対称な構造物が多すぎる。一番手前の脚が異常に右に寄って配置されている。これはまず下の道が既にあり、その道に支障が出ないように脚を配置せざる得ないためこのような配置になっているのだろう。さらに上下線を立体に配置している部分が多い。右の写真はジャンクションの東の横綱たる、箱崎ジャンクション。見にくいかもしれないが、なんと3階層に分かれている。普通、高速道路の上下線は同じ水平面上に(左右に)配置されるが、首都高速では上下に配置される。よって例えば2階層に分かれている道が2つに分岐する場合、それぞれの道が分岐するだけでなく、鉛直方向の移動も必要になる。そのため複雑な構造物が多く、私たちの目を楽しませてくれる。
私がジャンクションに興味を持ったのは、やはり鳥栖ジャンクションだ。長崎・大分自動車道が開通したとき、九州自動車道と分岐する鳥栖ジャンクションは、二つの高速道路が直交する。それらを繋ぐ支線が回転対称に配置され、すごく美しいジャンクションだ。と小学生当時思っていたが、google mapで見てみると対称ではなくてがっかりした。東京に出てきてからはKEKに行くためのバスで気付いた、三郷ジャンクションだ。ここは上から見ても美しい。乗っていると全然構造がつかめない。
また白髭団地も面白かった。白髭団地は、なんと1kmにわたってつながった団地だ。今回のツアーの主催者である大山氏によると、このあたりは区画整理に失敗し、大地震が起こると火の海になることがすでにわかっているらしい。 そこで、震災時には住民を河川敷に避難させ、河川敷を火の手から守る防火壁としてその団地を使うとのことだ。そのために所々に放水銃が、市街地側にはシャッターが設置され、団地への延焼を防ぐようになっている。 東京の大部分は低層密集地域であるので、同時多発的に火災が起こった場合かなり広範囲に延焼することが私のような素人でも、なんとなく想像がつく。この辺は東京大空襲や関東大震災の経験から来ているのだろう。
夜は新宿でロケットまつり37に参加。宇宙研のM型ロケットの話のはずだったが、色々な話に波及した。まぁあまりネットにあげてほしくないということだったので書かないが、思ったのは、加速器もロケットも同じだなということ。そして林先生の
組織は現場の集合からできている。現場に情報がおりてこないプロジェクトは失敗する。
という言葉にはぐっときた。現場に身を置く者として本当にそう思う。
今日は寒かったけど充実した1日だった。もう少し暖かくなったら、今日行った場所をもう一度行ってみようと思っている。久しぶりの記事、久しぶりの写真。ってか現像してないフィルムがたまっている。今日も1本増えた。これも早く現像しなければ。
ってかタイトル書いて実感したけど、2000年期ってもう10年経ったんやねぇ。21世紀になると何かが変わると特に根拠もなく何となく思ってたけど、21世紀になって9年経っても、昨日と同じ今日を生きている俺に乙。
今年の正月三箇日は、元日に姉上夫妻が来て甥っ子相手をして写真を撮って、二日にgichoが開いた店にお邪魔して、朝まで飲んでいた。その前にYokko家にお邪魔してYokko/TQの第一子と対面。よく泣きよく眠るという。すばらしい。写真はFlickr経由で。> TQ, Yokko
その後gichoが開店した店で、Have, TQ, chiranoと呑む。基本的に味は良い。こまかい工夫は各々あってぐっとくること満載なのだが、特に燗をつけた梅酒はすばらしい。そのまま呑むとスキっとした梅酒なのだが、燗をつけたとたんフルーティな梅酒になる。もちろんこれだけではない。一皿一皿にこだわりや工夫の点が見える。 店自体のFundermentalsはありそうだ。実際リピート率も高いと聞く。あとは知名度がないのが問題か。
Web上にあるオープンコミュニティの力を感じるのはこういうときだ。ひとつの分野(この場合は飲食店)に特化したオープンコミュニティが存在し、一定数の読者がいるサイトがある。ここに私が他の人に勧めたい店があると、そこに記事を書くことでこのblogに書くよりも目に触れる機会があり、iPhoneやGoogle Phoneを使えばGPSとリンクして近くにある飲食店のリストが出てくる。これは紙媒体の雑誌やガイドブックにはできない芸当である。(紙媒体にはザッピングという用途があるのでなくなるとは思わない。まぁこれは別の記事に書くことにする。)ということで、好意的だろうが、批判的だろうが、ハラヨシに行った人はちゃんと自分のblogはもちろん、食べログ的なところにも記事を書くように。これがgichoにできる最低限の応援だろう。
ネットワークによって庶民が得た力というものは、今のところこういうところなのだろう。一部のアルファブロガを除いて、庶民は多数集まることで力を持つ。ネットワークやWebという媒体を通して集合するコストがゼロに近くなる(少なくとも集合する庶民にとってコストはゼロに近い)ことによって集合することによる障壁が小さくなり、また(みせかけの)匿名性という要素もあり自分の意見を表明することができる。
残念ながらこのblogでは一日あたり10PV程度がせいぜいだ。そのほとんどは技術的な記事へのアクセスだ。このblogによって私はサイバースペースへの発言権を得たがその力は小さい。だがその小さい力を集合することで大きな力にしようとしたサイトが存在することにより、私のこの小さな声は、時に大きな声になる可能性がある。この構図はblogだけでなくLinuxといったオープンソースコミュニティにも通じるものがある。
だが同時にサイバースペースにアクセスする者どもは、言うまでも泣く煽り文句満載の情報を峻別する能力が要求される。私が食べログに書くであろう記事は、中立であろうと努力はするが、所詮偏ったの記事である。それに騙されるかどうかは、読者次第である。まぁ騙されたと思って行って見ても良い店だと思うが。同じことは報道にも言える。自民政権だろうが民主政権だろうが国民は文句を言っているけれども、一方では報道も腐っていると言っている。果たして腐った報道から得た情報で、現政権はもちろん前政権も批判はできるのだろうか。
人は低きに流れる。
自戒をこめて。
2009年の最後の一日はまだ始まったばかりだが、おそらくこのblogの更新はこれが最後になるだろう。 今年をまとめる言葉をこのblogに書き続けていたが、今年は何もしなかった年だ。任期は切れそうだが更新できそうだし、職場ではまだやるべきこともやりたいこともある。ただ任期が更新されれば私は私の師匠を次の任期中に超える必要がある。また職場では大きな変化が予想され、私も否応なく巻き込まれる。
2009年の今年の漢字は「新」であるという。個人的には、今年は恋にやぶれ、仕事でもパッとした結果も成果も残せず鬱屈した年だった。とはいえ私の周りでは、姉に第二子ができ、PAQ氏夫妻にも第二子が、またTQ-Yokko夫妻にも子供が誕生した。さらに私の友人は店を持ち、独立を果たした。まさに「新」である。私の周囲は着々と前に進んでいる。
個人的に来年は手を動かし、なにか新しいことをしたい。仕事にも婚活(笑)にも。
今年一年みんなありがとう。私との接触にかかわらず、皆さんに幸多からんことを
翌日は西の京と法隆寺へ。
唐招提寺は、金堂と千手観音立像と本尊の修復が終わり、今年の秋から一般に公開されている。今年で三年連続で参詣している。一度目は修復中に、二度目は金堂に入れず、そして三度目の今日ようやく三尊を見ることができた。一度目の修復中に千手が外された姿を見ていたのと全くイメージが違う。あんな密度で手が付いているのかと驚く。千本手がある千手観音は国内には三体しかない。そのなかの一つだ。ほとんどは四十二手をもって千手に換えている。
そして法隆寺へ。奈良から法隆寺へのアクセスは悪い。1時間に1本しかないバスに乗っていくか、JR関西本線の法隆寺駅から20分歩くしかない。そのうえ西ノ京からのアクセスなので、近鉄で大和郡山まで行き、15分ほど歩いてJR郡山駅までいかなければならなかった。
アクセスの不便さにぶーたれた後、法隆寺南大門をくぐると五重塔と中門が目に入る。こじんまりとした感がある。バランスが絶妙である。中門のそばにある松の木の枝振りまで計算されているかのように。
最後に大和西大寺に戻り、少し時間があったので秋篠寺に行った。この寺のことは知らなかったのだが、職場の事務の方が行ってみろと勧めてくれたので行ってみた。大和西大寺駅から15分位歩く。行ってみると小さな寺だ。金堂は国宝。以前は講堂だったようだが、金堂が火災で失われたため講堂を本道としたようだ。目玉は伝伎芸天立像は腰を左側にわずかに曲げている。薬師寺の日光月光菩薩立像のように。確かに美しい。
大和西大寺駅に戻り、伊丹空港へ。近鉄は基本的に奈良線と橿原線しか使っていなかったのでピンとこなかったが、大阪まで通じているのね。大阪なんば駅から地下鉄、モノレールと乗り継ぎ伊丹空港へ着く。機体がボンバルディアQ400という80人乗りの小型機であることを忘れていたので出発15分前にボディチェックに並んでいたら、名指しで呼び出しをくらった。小型機はバスでエプロンまで行くので最終案内が早いのだった。なんとか間に合い、定刻で出発。到着は少し早かったようだ。その後地元のバーで朝まで。いつもは空いている店なのだが、私がきた後に満席に。楽しい夜だった。
ここ数年の京都、奈良旅行で、古建築と仏像に関してずいぶん自分の好みがわかってきた。同じ建築と仏像を何度も見ることで余裕を持ってみることができたからであろう。今度は製法や建築技術、流派など知識を付けてもう一度見てみることにしよう。
例年通りというわけでもないが、冬の休暇にあわせて京都、奈良を旅行。今年の休暇は27日から1月6日まで。ちょっといつもより長め。まぁいろいろ宿題が出ているのでなんだかんだ仕事をしていそうだが。
今年の目当ては、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像と唐招提寺の千手観音立像、東大寺の三月堂だ。その他、清水寺、三十三間堂、法隆寺、秋篠寺に参詣。
弥勒菩薩と千手観音立像は小さい頃に一度見ているはずだが、ほとんど記憶が無い。弥勒菩薩は表情が印象的なので顔のアップの写真が多い。今回全身を見てこんなに華奢な体だったかと驚いた。正面から見るとものすごく心もとない。だが少し斜めから見ると、前傾の姿勢とマッチしてとてもバランスが良い。
実は広隆寺には弥勒菩薩像が3体ある。弥勒菩薩半跏思惟像が二体、座像が一体ある。半跏思惟像のもう一体は百済伝来の者、そして座像は天平時代の作である。百済伝来と天平の作の表情は無表情か、難しいことを考えているような表情であるが、もう一体(これが有名な像)は笑みをたたえている。50億年後は釈迦にかわって人々を救う役割を引き受けてしまった弥勒菩薩が、どうしようもない人類をどうやって救おうか考えていたのだが、ついシャレを思いついてしまってクスっと笑ってしまった時の表情かもしれない。いかんいかん聖☆おにいさんのブッダのイメージだな。
次に清水寺。清水寺の中にある地主神社は縁結びの神様である。結構有名らしい。結活(笑)中の身として、去年から参拝しておみくじを引いているのだが、去年は凶だった....orz。今年はなんと大吉。来年はいい出会いがあるね。きっと。
そして三十三間堂。ここも毎年行っている。京都の中で最も好きな寺の一つだ。堂内のあの荘厳かつ清らかな雰囲気、千一体の千手観音立像に風神雷神と二十八部集、そして本尊の十一面千手千眼観音像。特に本尊の光背がすばらしい。これらはいつ見ても良い。
京都はこのくらいにして奈良へ。奈良に行くと東大寺の大仏は必ず見に行っている。が、ここ数年天平期の傑物を見てきたせいか、大きさでは驚くが仏像としては物足りなさを感じるようになった。東大寺南大門の金剛力士像のあの躍動感のある像を見た後ならなおさらだ。今回は大仏殿だけでなく三月堂まで足を延ばした。三月堂は東大寺で最古の建築と仏像を有する。本尊羂索観音立像はすばらしい。
大仏が仏像として物足りないのには、やはり製法の違いがあるだろう。最近私がハマっている天平期の仏像は脱活または木芯乾漆という製法で作られている。これらはまず粘土などで仏像の形を作り、それに絹を漆を重ね、乾かし、最後に中の粘土を取り出して作る。一方大仏は鋳物なので装飾や造形に凝ることが難しい。
今日はSHARC (Seinan High School Amateur Radio Club) OBの関東在住組の忘年会に参加。本当はドイツでやりたかったのだが、ビールがあるところがドイツという名言が出て、それに全員が賛同し、新橋^H^Hドイツで開催された。参加者は、Dr.ちょ、pirafu、元帥、chomyである。
彼らとは出会ってもう10年以上になるが、今となっては年に1,2度会う程度である。だが、彼らは狭い世界で生きる私に開かれた世界の窓である。今夜も語学の話に始まり幅広い分野の話に及ぶ。話が弾むと酒もすすむ。今夜はうまい酒が呑めた。二軒目はカラオケ。アニソン特集になるのは仕方が無いか。カラオケマシンのユーザーインターフェースに問題があると、ぶーたれる。
彼らの中にこのblogの読者がおり、以前の記事に対するコメントが寄せられた。まぁあの記事は個人的には失敗だったのだが、一番反響があった記事でもある。最近わけがわからん記事が多いというコメントも他からもらっている。だが忘れないでほしい、このblogの名前を。忘れないでほしい、私がこのblogの理想の姿を。
今日はEmperor Akihitoの誕生日、明日はthe Christの誕生日。それ以外にも人類の人口が50億人とすると、推定約137万人の人々の誕生日である。みなさん誕生日おめでとう。
毎秒5センチメートルを見た。新海誠やっぱりすげぇ。背景が、美術がすごい。そして切ないストーリーがすごい。交差点の中、夢の中で誰かを探してみたくなる。そんなとこにいるはずないのに。
やばい。心が折れる....
最近プログラミングの記事でお茶を濁しているのでたまには、近況を書くことにする。先日オーディオアンプを新調した。CZDがスピーカを売ってくれるとのことで、これを機に自宅にオーディオを導入することにした。いろいろ考えたあげくMarantz PM-14S2を購入した。
まぁ音の良いこと。音源はケーブルテレビのSTBとPS3をアナログで繋いでいるので音源はチャチなのだが、DVDや音楽を鑑賞する時間が明らかに増えている。良い音は私を心地よくさせる。スピーカーは小さいのだが低音もよく出ている。
惜しむらくは些か不便になったことだ。テレビからPS3に切り替えるときに今まではテレビのリモコンだけで操作ができたのだが、今はアンプリモコンも必要になってしまった。コントロールアンプかAVアンプが欲しくなる。このアンプはそこそこのモノなので音源が今のままではもったいない。またスピーカースタンドも使えば低音がもっと出るようになるだろう。とつい悶々としてしまう。こうやって人はオーディオにハマっていくのだなぁ。ま、私は今月の支払いをどうするか延々と悩んでいるのだが。
今週は茨城に出張中。明日から学会が始まるので前日入り。少し早くついたのでホテルの向かいにある映画館でサマーウォーズをまた見た。
さすがに二回目ともあり冷静に見ることができた。何が私を興奮させるのかだんだんわかってきた。まず脚本が良い。画が良い。音が良い。そして栄ばあちゃんが、富司純子の芝居が最高に良い。あとディティールが非常にリアル。Dellのキーボードの音だけではない、古い手紙はカルピスの箱にちゃんと入っている。
この作品には「やればできる。だから最後まであきらめない」という一本筋の通ったテーマがある。それだけでなくVirtual と Real の過度な結合への不安、でも結局人は Real でしか生きれないという現実、そして理性のない知的好奇心の危険性が描かれている。それらを田舎の大家族を使って描かれているために、Communication とはどういうことかを考えさせられる。
Real と Virtual の過度な結合には、個人のネット中毒といった外部に影響を及ぼさないものも含まれている。つまり私のように自分に自信がなくVirtual と Real の境界が曖昧になりつつある人間を励まし、Real に戻ってこいと言っている作品なのだ。
また勢いで記事を書いてしまった。全然冷静に見れていないなぁ。さっき「冷静に見ることができた」みたいなこと書いたような気がするが、「比較的冷静に見ることができた」くらいにしておこう。
MAD Houseに告ぐ。細田守にも告ぐ。
すばらしい。Blue-rayで買うので、必ず出すように。
以上。
私も、父方の祖母が亡くなるまでは、盆と正月に親戚一同で20人は集まっていたこともあり、あの旧家の感じはよくわかる。まぁうちは全然旧家ではないが。でもほんとそのまんま。叔母さま方のてきぱきさや、男どもの以下略加減など。
オープンキャンパス&論文執筆の現実逃避には最高の作品だった。その興奮が冷めやらず、なかなか論文が書き始められない。クールダウンにこの記事を書く。
すばらしい。こう言えるアニメは蟲師以来だ。
繰り返す。Blue-ray希望。必ず出すように。以上。
2009-08-03 追記
二時間ほどで論文はずいぶん捗った。これもばあちゃんに励まされたせいだろうか。








