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January 23, 2012
2011年京都、奈良の旅
iPad用のキーボードLogicool Tablet Keyboard for iPadを買ったので、試してiPadでblogを書いてみることにする。このキーボードは、iPadのスタンドとBlueroothキーボードがセットになったものだ。iPad用のHTMLエディタであるdPadでこの記事を書いている。印象としては実用上支障なしといった感じ。入力補完が少し煩わしいが慣れの問題だろう。シングルタスクでアプリを切り替えながらFlickrやブラウザから比較的簡単にコピペできるし、HTMLの入力支援もなかなか。さて、次から本文。
昨年の12月に例年通り京都、奈良に旅行に行った。初日の京都は寝不足だったせいか、体調が悪かったので清水寺と三十三間堂にしか行かなかった。二日目は奈良。実はほとんど写真を撮っていなかった。
奈良ではまず元興寺に行った。ここは近鉄奈良駅から奈良公園までの間にある。猿沢の池の近くにある寺で世界遺産にも登録されている。本尊が曼荼羅という珍しい寺だ。また本堂の屋根に奈良時代当初の瓦が使われていたりなかなかぐっとくる。上の写真の色が変わっている瓦が当初の瓦だ。また宝物館では、五重塔のミニチュアがある。これは当初のものだ。奈良時代の寺院の屋根は、鎌倉以降再建された屋根に比べ角度が浅かった。これは屋根の角度が浅いために雨水が流れ落ちにくく雨漏り等による痛みが激しかったため角度を急にしている。唐招提寺では平成の大修理で屋根の垂木からこの事実が証明されている。このミニチュアの五重塔は屋根の角度が浅い。屋根の角度でずいぶん違って見える。屋根の角度は変わり、朱塗が剥げた建物を私達は見ている。当初と印象はずいぶん違うだろう。このミニチュアは当初の五重塔がどのようなものか私達に教えてくれる。
次に興福寺。興福寺は国宝館ができていた。興福寺といえば阿修羅像だが、阿修羅像を含む乾漆八部衆立像が好きだ。阿修羅像は言うに及ばず八部衆のどれも傑作だ。次に平安神宮に行く。東大寺と平安神宮の参道の分岐点から結構歩く。参拝したあとは、東大寺三月堂まで歩く。三月堂といえば不空羂索観音立像。これは東大寺で最も古い仏像だ。大仏よりもこちらがお目当てだ。なんと三月堂の須弥壇の修復が平成25年3月末まで行われるらしく、残念ながら見ることができなかった。東大寺のWebによると不空羂索観音立像、日光月光菩薩立像は東大寺ミュージアムで見ることができるようだ。
ここから鐘楼を通り大仏殿へ向かうが、あえてスルーして戒壇堂へ(上の写真)。戒壇は僧侶に戒律を授ける場所だ。聖武天皇は国内の僧に戒を授けてもらうために唐から鑑真和上を招聘した。東大寺の他に栃木県の下野薬師寺と福岡県の観世音寺に戒壇院を設置した。
次は正倉院。正倉院も修復中は入れず。なんか覆い屋根を作っているようだったので長くかかるのかもしれない。活動限界まで時間があったので、ようやく大仏殿に。大仏殿は軒が長く、重いため組物も大がかりだ。最後は南大門を通ってるバスで近鉄奈良駅まで行き伊丹に向かってこの旅を終えた。
今回の旅は修復中で見られないものが多かったなぁ。が、元興寺を見つけることができたのでよしとするか。
January 2, 2012
Happy New Year 2012
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
毎年、年末と年始には記事を書いているので惰性で記事を作ったが、特に書くことがない。よって今年の目標を書いてみよう。
- 次の仕事を見つける
来年度いっぱいで任期が切れるので、昇格できなければクビである。よって昇格できるよう現状の仕事をやり、かつ就職活動も開始する。これは達成必須。 - 第一種放射線主任者試験を取得する
これは仕事上求められているのだが、喫緊の要求ではない。が、今ほど放射線の勉強をちゃんとしようと思える時はおそらくないので、今年取得する。 - Debianプロジェクトに参加する
ようやく昨年末から勉強会に出るようになったので、まず何かネタをつくって発表することおよび、パッケージングのコントリビュートを行う。できれば数年以内にDDにapplyすることを目標に活動をはじめる。 - 月に一回は写真を撮って記事を書く
最近はtwitterに逃げてばっかりなので、月に一本は写真付のblog記事をアップする。できるだけフィルムで撮ること。 - FPGA/CPLDを使った工作をひとつ以上作る
仕事でちょっと使ったことあるくらいなので、もうちょっとちゃんと勉強して何か成果物を作る。最終的にはLISPマシンを作りたいので、その足がかりとなるものがいいな。
ざっと思いつく限りで挙げてみたが、来年の今頃どのくらい達成できているか評価してみよう。上の3つは達成したい。あと去年ネタで作った環境放射線を使った乱数生成器でも遊びたいな。
September 4, 2011
上海旅行に関する諸々
8月21日から26日まで、国際会議で発表するために上海に出張した。 上海浦東空港からホテルまで私はマグレブで行こうと思っていたのだが、ユーザーの先生につかまりタクシーで行く事になった。タクシーの運転手は、現地の地理を知らないらしく見事に道に迷い結局現地に着けなかった。彼は英語が全くできなかったので、「請下車」と書いた紙を渡し、無事にタクシーを降りる事に成功した。この漢文を駆使して交流を試みる方法は、以前PAQ氏と香港に行ったときに学習した。まぁ文法的に正しいかはわからんが、通じることが重要ということで。
こういう出張では、1泊1.5万円くらい宿泊費が出るので、結構いいホテルに泊まれる。今回も会場の上にあるホテルで、明らかに自宅のアパートよりも広い。独りなのにたいていツイン。誰か一緒に行ってくれる人...以下略。ホテルのサービスは申し分なかった。日本の高級ホテルと同等のサービスだ。毎晩新聞とクッキーを持ってきてくれた。 中国に偏見を持っていたために期待していなかったのだが、金を払えばちゃんとしたサービスが提供されることがわかった。
会場が最近開発された浦東という地区にあったため、まるで新宿副都心にいるような感じだった。日本を含む外国資本の経済侵略もあらかた終わっており、マクドやケンタッキーはもちろんSubway、ファミリーマート、吉野家、味千ラーメン、珈琲館、ピザハット、なんと和民まで進出していた。ということで、食事は日本とあまりかわらなかった。もちろん中華料理も食べたけど。ラーメンは、見事に久留米ラーメン。東京ですら味わえないスタンダードな味。大龍系といえば久留米の人は味が想像できるだろう。餃子は具が大きくタレが中国風の味付けだった。餃子の餡の粒度がかなり舌触りに影響することが判明した。
中国といえば、名物Grate FIrewall。ネットのアクセス状況はどうだったかというと、Google+、Facebook、Twitterはアクセスできなかった。gmailや、iGoogle、Google Readerにはアクセスできた。国内のSNSや掲示板にはことごとくアクセスできた。mixi、2ch、発言小町など。Yahoo!はmailも含めアクセスできた。今回、twitterは、自宅のサーバにTwitterIRCGatewayを設定していたので、IRCでtweetができた。ただmentionが面倒だったので、いくつかのmentionをいただいているのだが、ほとんど返事ができなかった。ごめんなさい。そのほかは特に制限はなかった。そういえばエロはどうだったのかな。試してない。
これから中国に行かれる人で、SNS中毒な人は、何かしら用意していったほうが良いだろう。Twitterであれば少なくとも自分のタイムラインを読めるように、どこかのサーバにTLをRSSなりATOMでアクセスできる環境を作ることをおすすめする。tweetはtweetmailあたりを使えばよいかな。
滞在した5日間のうち、1日は上海の街を観光した。スパイゾルゲが活躍した街なので、近代史好きとしては心躍る街だったのだが正直あまり面白くなかった。租界時代の街並は開発で失われつつあり、マンションやショッピングセンターに変化していた。 幸いにも開発はまだ一部で、隣の通りは伝統的な建物と生活があった。だが、あまりシャッターは切らなかったというか何故か写真を撮る気にならなかった。とはいえ、興味をそそられるものはやはりあり、面白かったのは、租界ごとに個性があることだ。日本の租界には行けなかったが、フランスとイギリスの租界は建物からして違う。地下鉄で駅2つ3ついくとずいぶん異なる風景があった。一部は文化財として保護されるようだが、おそらく大半はこれから失われていくだろう。上海の良いところをどうして自ら壊してしまうのかと思ったとき、私が幼少の頃、父が同じ事を日本に向けていっていた事を思い出した。ま、かつて通った道なのだな。
最終日は12時にチェックアウトした。飛行機が17時だったので、およそ3時間ほど時間がある。特にやる事もなかったので空港に向かっていると、上海科学博物館なる駅があるではないか。そりゃ行かなきゃだめでしょ。駅をおりると、おみやげやさんがいっぱい。日本人とみるや、バッグだロレックスやなんだかんだ。どこをどうみたら、私がバッグや時計を欲しがる人種に見えるのか。バッグを買ってあげたい人がいれば...以下略。
ということで、No thank youを連発しつつ博物館へ。でかい。予想以上にでかかった。
こういう博物館では、何をどのうように展示しているかで、何を見せたいのか、対象である子供たちに何を求めているのかなんとなくわかる。行ってみて驚いたのが、入り口のすぐ近くの一番良い場所に地学の展示があったことだ。日本では、地学は物理以上にマイナーな分野で、日本の博物館ではあまり良い待遇ではない。岩石や地球の構造や海底に並んでやはり石油、資源についての展示に力が入っていた。油田をどのように探すのか、どのように掘削するのかひとつの小部屋をつかって展示されていた。
次に力を入れているのは宇宙かと思ったが、(確かに神舟3号の実物大模型が展示されていたり力が入っていたが)存外物理や光に関する展示もちゃんとあった。驚いたのが、光を使って探求するという大展示室に、相対論や量子についての展示があったこと。霧箱や電子線などの展示があった。このへんの展示がある科学博物館は日本には少ない。あとはやはり加速器があった。シンクロトロンの模型だ。でも説明はサイクロトロンだった。展示を見るに衝突加速器を模擬したようだったが。残念!
あとは博物館内にCAD教室や工業用ロボットのデモや、3Dスキャナで自分の顔をスキャンして置物を作ってくれたり、今は製造業に力を入れていることが見受けられた。だが、地学や量子、加速器など展示物の内容と幅広さは目を見張るものがあった。
一方日本では、子供どころか親の理科離れが進んでいる。その証拠に私がバーに呑みに行って仕事が学者(笑)だとバレると必ず「何を研究されているのですか?」と聞いてくる。そこで物理だと答えると十中八九引かれてしまう。これほどサイエンスに対する忌避感が蔓延している。十中八九惹かれてくれればすばらしいんだけどなぁ。ということで結婚適齢期の女性の皆さん。国益のために...以下略。いや、国益なんかどうでもいいから、私を愛してくれる方絶賛募集中です。
確かに展示物の作りがチープな部分もあった。が、おそらく私の次の世代では確実に科学技術分野も中国に抜かれるだろうなぁ。案の定小学生くらいの子供たちのツアーがきていた。
数日間とはいえ、行きたいサイトに行く、見たいものを見る自由を禁じられると、言論の自由の大切さを考えさせられる。言論の自由とは、エロだろうがグロだろうが核爆弾の作り方だろうが、見たいものが検閲されることなく見ることができ、そして公権力から発言内容に制限を加えられないということだとつくづく実感した。
August 21, 2011
TokyoDebian勉強会#79に参加してきた
今日は久しぶりに TokyoDebianに参加した。テーマはパッケージング。
やまださんの「パッケージビルド七転八倒 - rulesからgit-buildpackageまで」はDebianパッケージ作成のプリミティブなところから、テストまで丁寧に説明されていた。上位のツールから、 最もプリミティブなrulesファイルまで、いくつか階層があるのだが、それはパッケージ作成をできるだけ自動化しようとした経緯を表しているように思えた。
私が野良パッケージを作るときはdpkg-buildpackage を使っていたのだが今はcowbuilderを使うのか。知らなかった。
またいくつかのバグの存在が示唆され、資料に不正確なところがあったようだが、いずれ修正されるだろう。この資料は、 Debian package の作成方法を理解する上で重要な資料になる。
次の @iawamatsu さんのSponsored Uploadの話は、スポンサーであるDebian Developer および Debian Maintainer がパッケージのチェックをいかに行っているかという話だった。 パッケージを作るほうはパッケージがちゃんと機能していれば良いと考えがちだが、スポンサーは、ライセンスやポリシに準じているかまでチェックされているようだ。Debian スポンサーにとって、Sponsored Upload は、アップロードの代行ではなく、スポンサーがメンテナー同様、そのパッケージに責任を持つということということがわかった。
懇親会は、近くの華の舞で。外国から参加された方がいらしたので、英語まじりの 宴会だった。
そういえば、apt cheat sheet を作る宿題が出たので、このドタバタが終わったら。
January 4, 2011
Happy New Year 2011
雪がすごかった。地元でこんなに降ったのは何年ぶりだろうか。31日の未明はチャリが雪に埋もってるし、10分で数センチの積雪を観測した。つららなんて初めて見たよ。まぁ北の人はあのくらい当たり前だと言いそうだが、九州生まれ、九州育ちには大変なことだ。
さきほど、叔母から聞いたのだが、恋の木神社なるものがこの近くにあるらしいが、以前は普通の神社だったのに、縁結びの演出と宣伝でずいぶん賑わっているらしい。どうもこの辺に縁結び系のポイントがないことが成功(?)の要因の一つではないかとのことだった。まさにブルーオーシャンと思ってしまう男にはご利益はなさそうだ。
まもなく休暇が終わる。今年の冬の休暇はなにかと忙しかった。ただ私にとっていくつかの出会いがあったのも事実だ。おそらく今年は、職業的にも個人的にも転機になる可能性が高い。よって、ぶら下がっているチャンスには手を伸ばそうと思うし、少しでも背伸びをしてみようと思う。
2010年終了
これをアップロードする頃は2011年になっているが、この記事は紅白歌合戦をBGMにして書いている。年末は何故か(いや、理由はわかっているのだが)非常に舞い上がっていて、今日が大晦日ということを完全に忘れていた。
例年どおり2010年今年の漢字は「暑」だった。確かに今年の夏は暑かった。漢字協会の「今年の漢字」は、これまではその年の世情を表すような漢字ばかりだったように思えるのだが、漢字協会に不祥事があったせいどうかわからないが、今年は天気ネタのようだ。
今年はあまり記事を書かなかった。月1本くらいのペースか。これはやはりtwitterを始めたことが主因だろう。1回あたりの文字数は少ないものの、少ないが故に手軽に書けるため、tweetで満足してしまいついblogを書かなくなってしまう。手軽に書けるというのは、書くためのUIが充実しているということでもある。携帯端末やPC/Macでtweetできるアプリがたくさんある。もしかするとiPhoneで簡単にblogを更新できるアプリがあればもっと更新するかも。と思ったが、iPhoneの入力インターフェースで140字以上打とうとは思わないか。
去年のちょうど今頃、今年は新しいことをやりたいみたいなことを書いたが、今年はMake:06 Tokyoに参加した。あと動画の撮影もやってみた。ほんのちょっとだが新しいことができた。また姉と友人に第二子が生まれた。私の身にも私の周囲にも新しいことが起こり、そして生まれている。
旧年中はありがとうございました。すべてのみなさまに幸多からんことを。
July 7, 2010
子供には見せられない七夕の真実
今日は七夕である。カルピスの調査によると、七夕について誤解している人が多いという。せっかくなので復習してみよう。国立天文台のFAQ 質問3-9) 七夕について教えて?によると、
天空でいちばんえらい神様「天帝(てんてい)」には、「織女(しょくじょ)」という娘がいました。織女は神様たちの着物の布を織る仕事をしており、天の川のほとりで毎日熱心に機(はた)を織っていました。遊びもせず、恋人もいない織女をかわいそうに思った天帝は、天の川の対岸で牛を飼っているまじめな青年「牽牛(けんぎゅう)」を織女に引き合わせ、やがて二人は結婚しました。
結婚してからというもの、二人は毎日遊んで暮らしていました。織女が機を織らなくなったので、神様たちの着物はすりきれてぼろぼろになり、牽牛が牛の世話をしなくなったので、牛はやせ細り、病気になってしまいました。
これに怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。しかし、二人は悲しみのあまり毎日泣き暮らし、仕事になりません。かわいそうに思った天帝は、二人が毎日まじめに働くなら、年に1度、7月7日の夜に会わせてやると約束しました。
とのこと。そういえば小さい頃、この話を聞くとロマンチックな話だなぁと思っていた。続けて曰く、
七夕伝説によると、年に1度、7月7日の夜に会うことができる織り姫と彦星ですが、星が実際に移動することはありません。2つの星の間は、14.4光年ほど離れていて、これは、光のスピードでも約14年半かかってしまう距離です。つまり、2人が光のスピードで移動したとしても、1年に1回会うことは、とても無理なのです。
さすが国立天文台。ロマンチックだけじゃ終わらねぇ。
ぶっちゃけ「新婚の夫婦がいちゃつきすぎて仕事がおろそかになり、姑に別居させられた」ってことだな。
さて、都合の悪いことはしらんぷりで、私も星に願いを。 願わくば仕事をおろそかにするほど、私の心を奪う女性と出会わせ給え。
March 7, 2010
ジャンクションツアー川沿い編とロケットまつり37に参加
今日は、午後からジャンクションツアー川沿い編と夜はロケットまつり37に参加した。ジャンクションツアーは寒かった。すげーさむかった。でもやっぱり首都高速は、非常に面白い構造物が多く見ていて楽しかった。
つくづく思ったのは、やはり首都高速は無理矢理作られた高速道路だということ。なぜなら左の写真のように非対称な構造物が多すぎる。一番手前の脚が異常に右に寄って配置されている。これはまず下の道が既にあり、その道に支障が出ないように脚を配置せざる得ないためこのような配置になっているのだろう。さらに上下線を立体に配置している部分が多い。右の写真はジャンクションの東の横綱たる、箱崎ジャンクション。見にくいかもしれないが、なんと3階層に分かれている。普通、高速道路の上下線は同じ水平面上に(左右に)配置されるが、首都高速では上下に配置される。よって例えば2階層に分かれている道が2つに分岐する場合、それぞれの道が分岐するだけでなく、鉛直方向の移動も必要になる。そのため複雑な構造物が多く、私たちの目を楽しませてくれる。
私がジャンクションに興味を持ったのは、やはり鳥栖ジャンクションだ。長崎・大分自動車道が開通したとき、九州自動車道と分岐する鳥栖ジャンクションは、二つの高速道路が直交する。それらを繋ぐ支線が回転対称に配置され、すごく美しいジャンクションだ。と小学生当時思っていたが、google mapで見てみると対称ではなくてがっかりした。東京に出てきてからはKEKに行くためのバスで気付いた、三郷ジャンクションだ。ここは上から見ても美しい。乗っていると全然構造がつかめない。
また白髭団地も面白かった。白髭団地は、なんと1kmにわたってつながった団地だ。今回のツアーの主催者である大山氏によると、このあたりは区画整理に失敗し、大地震が起こると火の海になることがすでにわかっているらしい。 そこで、震災時には住民を河川敷に避難させ、河川敷を火の手から守る防火壁としてその団地を使うとのことだ。そのために所々に放水銃が、市街地側にはシャッターが設置され、団地への延焼を防ぐようになっている。 東京の大部分は低層密集地域であるので、同時多発的に火災が起こった場合かなり広範囲に延焼することが私のような素人でも、なんとなく想像がつく。この辺は東京大空襲や関東大震災の経験から来ているのだろう。
夜は新宿でロケットまつり37に参加。宇宙研のM型ロケットの話のはずだったが、色々な話に波及した。まぁあまりネットにあげてほしくないということだったので書かないが、思ったのは、加速器もロケットも同じだなということ。そして林先生の
組織は現場の集合からできている。現場に情報がおりてこないプロジェクトは失敗する。
という言葉にはぐっときた。現場に身を置く者として本当にそう思う。
今日は寒かったけど充実した1日だった。もう少し暖かくなったら、今日行った場所をもう一度行ってみようと思っている。久しぶりの記事、久しぶりの写真。ってか現像してないフィルムがたまっている。今日も1本増えた。これも早く現像しなければ。
January 4, 2010
Happy New Year 2010
ってかタイトル書いて実感したけど、2000年期ってもう10年経ったんやねぇ。21世紀になると何かが変わると特に根拠もなく何となく思ってたけど、21世紀になって9年経っても、昨日と同じ今日を生きている俺に乙。
今年の正月三箇日は、元日に姉上夫妻が来て甥っ子相手をして写真を撮って、二日にgichoが開いた店にお邪魔して、朝まで飲んでいた。その前にYokko家にお邪魔してYokko/TQの第一子と対面。よく泣きよく眠るという。すばらしい。写真はFlickr経由で。> TQ, Yokko
その後gichoが開店した店で、Have, TQ, chiranoと呑む。基本的に味は良い。こまかい工夫は各々あってぐっとくること満載なのだが、特に燗をつけた梅酒はすばらしい。そのまま呑むとスキっとした梅酒なのだが、燗をつけたとたんフルーティな梅酒になる。もちろんこれだけではない。一皿一皿にこだわりや工夫の点が見える。 店自体のFundermentalsはありそうだ。実際リピート率も高いと聞く。あとは知名度がないのが問題か。
Web上にあるオープンコミュニティの力を感じるのはこういうときだ。ひとつの分野(この場合は飲食店)に特化したオープンコミュニティが存在し、一定数の読者がいるサイトがある。ここに私が他の人に勧めたい店があると、そこに記事を書くことでこのblogに書くよりも目に触れる機会があり、iPhoneやGoogle Phoneを使えばGPSとリンクして近くにある飲食店のリストが出てくる。これは紙媒体の雑誌やガイドブックにはできない芸当である。(紙媒体にはザッピングという用途があるのでなくなるとは思わない。まぁこれは別の記事に書くことにする。)ということで、好意的だろうが、批判的だろうが、ハラヨシに行った人はちゃんと自分のblogはもちろん、食べログ的なところにも記事を書くように。これがgichoにできる最低限の応援だろう。
ネットワークによって庶民が得た力というものは、今のところこういうところなのだろう。一部のアルファブロガを除いて、庶民は多数集まることで力を持つ。ネットワークやWebという媒体を通して集合するコストがゼロに近くなる(少なくとも集合する庶民にとってコストはゼロに近い)ことによって集合することによる障壁が小さくなり、また(みせかけの)匿名性という要素もあり自分の意見を表明することができる。
残念ながらこのblogでは一日あたり10PV程度がせいぜいだ。そのほとんどは技術的な記事へのアクセスだ。このblogによって私はサイバースペースへの発言権を得たがその力は小さい。だがその小さい力を集合することで大きな力にしようとしたサイトが存在することにより、私のこの小さな声は、時に大きな声になる可能性がある。この構図はblogだけでなくLinuxといったオープンソースコミュニティにも通じるものがある。
だが同時にサイバースペースにアクセスする者どもは、言うまでも泣く煽り文句満載の情報を峻別する能力が要求される。私が食べログに書くであろう記事は、中立であろうと努力はするが、所詮偏ったの記事である。それに騙されるかどうかは、読者次第である。まぁ騙されたと思って行って見ても良い店だと思うが。同じことは報道にも言える。自民政権だろうが民主政権だろうが国民は文句を言っているけれども、一方では報道も腐っていると言っている。果たして腐った報道から得た情報で、現政権はもちろん前政権も批判はできるのだろうか。
人は低きに流れる。
自戒をこめて。
December 31, 2009
2009年終了
2009年の最後の一日はまだ始まったばかりだが、おそらくこのblogの更新はこれが最後になるだろう。 今年をまとめる言葉をこのblogに書き続けていたが、今年は何もしなかった年だ。任期は切れそうだが更新できそうだし、職場ではまだやるべきこともやりたいこともある。ただ任期が更新されれば私は私の師匠を次の任期中に超える必要がある。また職場では大きな変化が予想され、私も否応なく巻き込まれる。
2009年の今年の漢字は「新」であるという。個人的には、今年は恋にやぶれ、仕事でもパッとした結果も成果も残せず鬱屈した年だった。とはいえ私の周りでは、姉に第二子ができ、PAQ氏夫妻にも第二子が、またTQ-Yokko夫妻にも子供が誕生した。さらに私の友人は店を持ち、独立を果たした。まさに「新」である。私の周囲は着々と前に進んでいる。
個人的に来年は手を動かし、なにか新しいことをしたい。仕事にも婚活(笑)にも。
今年一年みんなありがとう。私との接触にかかわらず、皆さんに幸多からんことを












