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May 6, 2008

最初の一歩は踏み出した(はず)

PHOTO: Which is a route to go to my goal?

 帰省終了。すんげー混んでた。帰省ラッシュ、Uターンラッシュコンプリートって感じ。福岡空港のチェクポイントとか、売店のとこまで並んどったもんね。

 さて今回の帰省で何をやったか、そしてどうなったかは守秘義務があるので、だれも聞かないように。帰省の前半は憂鬱で辛かったが、後半は充実していた。

 今回の帰省では、私が恋に対して非常に鈍感であったこと、女性を想うという感覚を忘れているor知らないという事実が判明した。だから10年近く独りでいても苦痛ではなかったのだろう。また私の恋への姿勢について様々な問題点が噴出した。そしてその問題の本質も薄々だがわかってきた。これだけでもこの旅行はモトをとった(本当はPayしたと書きたいことは秘密だ)。持つべきものは親友とその奥様だ。特に奥様には多謝。

 今回の旅行には、ANAのプレミアムクラスを利用した。まぁ2ヶ月近く前から予定は立ってたし、早割の割引分はプレミアムクラスにしたことで吹き飛んだが、憂鬱な旅になることは予想できたので。とはいえ羽田ではANAのラウンジが使えるし、ビール飲み放題だし(スーパードライだけど)、機内でのワインもシャンパンもうまいし、食事に季節の食材が入っているし、フライトアテンダントの方からきめ細やかな対応をしていただける。なかなかすばらしい。特に「子供の日なので食事に柏餅を入れました」という心遣いにはぐっときた。

 ゴールにはまだほど遠い。最初の一歩だけではゴールに着かないことはわかっている。旅はまだ始まったばかりだ。

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6 Comments

恋をする人種でないのなら、それを通り越して、結婚をするのもありだ。
好きなだけなら結婚「まで」はできるが、そこから先は愛が必要、
キリスト式結婚式の前に、このように牧師さんは言っているとか。
恋と愛の違いは、自分と相手のどちらの向きかの座標軸で見ると、
内積とって-1になる、そういう違いのようだ。
chomy は自分の負号を確認するのもアリだね。

>最初の一歩だけではゴールに着かないことはわかっている。旅はまだ始まったばかりだ。

それ以前にstart lineに立たない限りGOALは生まれないのだから。
そしてGOALを目指して歩くからこそたどり着ける。
なにより
ChanceはTRYしなけりゃはじまらない
なのです。
今後が楽しみです。

 なんかスパムフィルタの設定がうまくいかない。そのせいで、コメントを投稿してもすぐに公開されないという現象が起こっている。このためHaveのコメントに気づかなかったため公開が遅れた。ごめんなさい > Have
現在閾値をずいぶん甘くしている。これでしばらく試してみる。

 さて、結婚するにはいかんせん相手が必要だ。恋ができる女性であれば、結婚の前に恋が必要のようだ。一般的に大多数の女性は恋ができると思われる。だとすれば相手も恋ができないor必要としない人で、かつ、それを乗り越えるために結婚してみようという人はおそらく少数。よって現実的に結婚するには恋が必要なんだろうなぁ。
って私が恋ができないことが前提で話が進んでないかい?(笑)きっとできる。きっとね。

 とはいえ、恋と愛は別モノってのはそうかもね。ツレアイとは別れられても、自分の子供はやっぱり自分の子みたいだからねぇ。でも自分と相手のベクトルの大きさが1として、これらの内積が-1ということは、ベクトルの向きが180度逆ということだぞ。せめて直交だと思っていたのだが。恋と愛はそんなにもかけ離れているのか?誰か教えて!

 とにかく今回のことをきっかけに、FNAのいうStart Lineに立てるように自分を変えたいね。Goalがどこなのか、実はまだ明確ではないけど。ともあれChomyの次回作にご期待ください。

よくわかってないが、Chomy君は、恋ができない人種だとは思わないぞ。スタートラインに立っていないとも思わない。
ただ、おそらく恋だけじゃ結婚はできないと思うな。
近いうちに飲もうではないか、おいしいそば屋を発見!

 スタートラインの定義が交錯している。各々スタートラインをどこに置くか違いがあるようだ。FNAはSei Kenの定義よりも先にスタートラインを設定しているようだ。まぁスタートラインをどこに置くかは主観なので議論するつもりは無い。相対的な位置はおおよそわかっているので。


呑みましょう。 >Sei Ken
恋が愛に変わる。その瞬間を夢見て。

しかし蕎麦屋とはなかなかマニアックですな(笑)

恋する前に、恋しようとする自分の姿を直視しようとするので(実際は偏見フィルターを入れて見ようとするので)、
恋に進まないのでは。
恋のない愛もあると思いますよ。
(宗教的立場から言えば、あると断言しなければならないが)

余談。
我が生家の状況から言えば、一つ屋根の下に住んで血縁上書類上家族でも、
きちんと家族関係を築けなかった親子は、親子の関係にはなり得ません。
別れて、二十年経って再会して、もう一度親子になろうと言っても、
やはり家族関係を築く努力をしなければ、親子ではありません。
多分、「努力」をする能力がないのか、「努力する」ことに価値観を見出せないのかのどちらかなのでしょうけれど。

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This page contains a single entry by chomy published on May 6, 2008 2:47 AM.

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