April 2008 Archives
例年通り、連休の予定を発表しよう。って誰も興味ないか。今年の連休はカレンダのせいであまりまとまった休みが取れない。ので今回は小粒。Officialに休めるのは5日間。
- 上原ひろみのライブ
- なんちゃって高級ホテルでカンズメ勉強
- Cell.BE Programming (SIMD)の勉強
- なぜか帰省
帰省と書いただけでがぜん興味が湧いた人が数人いたことだろう。もちろんスルー。上原ひろみのライブは非常にたのしみ。iTunesでアルバムを購入し、予習に励んでいる。カンズメは今年からの試み。あえて環境をかえて1日中勉強に費やしてみて、どのくらい効率が上がるかを試してみる。これは佐藤優氏の拘置所での体験をもとにしたもの。本は3冊しか持ち込まない。今回持ち込む本は
- Kahuaプロジェクト プログラミングGauche
- パターソン•ヘネシー コンピューターの構成と設計
もう1冊は未定。おそらくこれだけでも一日じゃ終わらない。Schemeはちゃんと書けるようになりたいので、プログラミングGaucheは最低読了しようと思っている。もしもこの方法が効率が良いのであれば、数日カンズメになりThe Art of Computer Programmingに取り組もうと思っている。あと時間があれば東京現代美術館と森美術館、東京写真美術館のいずれかに、できれば全部行きたい。
さて昨日は大手町で食事し、シャンパンバーで呑む。かわいい店員がいるということで、連れて行かれた。むー。ぐっときた。あのスマイルで「もう一杯いかがですか?」と問われると「じゃぁもう一杯」と言ってしまう。あぁ術中。
ローソンが温室効果ガス排出権を個人向けに売り始めた。買うと証書とカードをくれるらしい。ローソンが自主的に行っている環境保全・社会貢献活動の一環のようである。これを聞いたとき胡散臭さを感じたので調べてみた。
今回ローソンが売っている排出権は、アルゼンチンの風力発電所の建設によるClean Development Mechanism (CDM) で得たクレジット(排出権)である。この事業および排出権は国連の機関であるUNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change)で認められているので、この排出権自体は問題ない。
正直言うと、ここまで調べて私は買っても良いかなと思った。なぜなら排出権の値段が上がったら売っぱらって一儲けしようと目論んだからだ。だがローソンのWebページを見ると購入した排出権は日本国政府の償却口座に移転済みで、転売はできないとのことだ。つまり効力切れの排出権を売っているということ。うーむ。いったい何の意味があるのか。これを買ったからといって、地球上の温室効果ガスが減る訳でもなければ、購入者が温室効果ガスを排出してよいという免罪符になるわけでもない。意味があるとすれば、日本の企業が獲得した排出権を海外に流出するのを防げることくらいか。
この話を持ってきてくれた、某(婚活)Blog Watcher N女史が、「なんかホワイトバンドと同じ香りがする」と指摘してくれた。ホワイトバンドとは、ちょっと前に流行った「ほっとけない 世界のまずしさ」をスローガンにして売り出した白い輪ゴムである。確か売り上げから全く寄付されていないということで、ひと騒動になったのが記憶に新しい。今思えば、事実上ホワイトバンドは「私は世界の貧困に関心があります」ということをアピールするアクセサリーだった。
私はこの指摘を聞いて、最初に感じた胡散臭さの原因がわかった。つまりこの排出権は「私はエコライフをしてますよ」ということをアピールするアクセサリーなのじゃないかと。なぜならこの排出権を買うと、「買った排出権は政府の償却口座に移転しましたよ」という証書のほかにカードがついてくるからだ。アクセサリーじゃなかったらカードは不要だろう。
ではいわゆる「地球にやさしい」生活をするにはどうすればよいのか。まず電気、ガソリン、灯油、ガス等の家庭、職場でのエネルギ消費量を減らすことだ。そして生活に必要ではない製品を極力購入しないことだ。なぜなら製造、流通、廃棄を通じて環境負荷を伴わない製品は(おそらく)存在しないからだ。
あえて断っておくが、私はローソンが売り始めた排出権を買うなといっているわけではない。むしろ私は買おうと思っている。合コンでカードを見せびらかして、蘊蓄をたれるって用途には絶好だからね。
BSのシネマ堂本舗で黒沢映画の特集をやっていた。私がリアルタイムで見た黒沢映画は「八月の狂詩曲」と「まあだだよ」。
番組でモノクロ時代の監督の作品のカットが放送される。私が撮ってみたいと思う絵ばかりだ。私はコントラストの高い画が好きだ。しかし黒沢のそれはコントラストはそんなに高くないのに非常に迫力がある。これは俳優たちのすばらしい演技によるものももちろん大きい。赤ひげの香川京子などもう....筆舌に尽くしがたいとはこのことをいうのか。
色がなく、光と影だけで俳優の表情や背景が、動きが描かれる。そして影により視界がふさがれ、また視線が注がれる。「光ではなく影で描く画」それがモノクロなのだ。色情報から我々を解放することで、よりその画の本質に近くなる。
この話には根拠も説得力もかけらも無い。でも私はそう思う。
「婚活」時代を読了した。Dan Kogai氏の書評のイメージがあったので、もっと社会的な内容かと思ったが、私のように結婚が出来ない男女の実態の話であった。っていうか、モロ私の話。
私が結婚しないorできない理由として以下のものがあげられる。いや心当たりがある。
- 出会いが無い
- 独りは意外に心地良い
- カスタマイズがめんどい
- 将来の経済力の保証がない
- ふと見たら、私の好みにぴったり女性がいて、何故か私のことにベタボレで、しばらくつきあっているうちに私も自然と結婚する気になって、結婚することになると思っていた。即ち、何もしなくても成り行きで結婚できると思っていた。などなど
本書は山田氏と白河女史の共著である。山田氏が結婚の社会的側面について述べ、白河女史が結婚しないorできない男女への調査結果から述べるという構成になっている。 男女雇用機会均等法および就職協定廃止以降、女性が自立して働き、自活できるようになり、必ずしも結婚する必要がなくなったという。つまり結婚できないのは、社会的な要因もあると指摘している。さらに我々の年代における結婚感や男女感というのは、親の世代と大きく異なっていないために、結婚できない状況がさらに増長されているとのことだ。とはいえ私は本書にある頑固不断という状態に陥っており、社会的要因に責任転嫁することはできない。 さらに本書はより具体的に、男女が結婚できない原因と対策を提示している。それによると男子はプライドを捨てて女子にアタックせよ、女子は視野を広げて男子を狩りに行けとのことである。
どうやら、とうの昔に愛する女性に捨てられ傷ついたことを忘れ、自分を変えて就職活動ならぬ結婚活動すなわち婚活が必要なようだ。だが私はどうして結婚しなければならないのかという疑問への答えを持っていない。とはいえ私は少しずつ自分を変え、婚活を始めてみようと思う。どっか遠くから湧いてきた縁談を前向きに利用するのも悪くない。もしかして母上or叔母の手のひらの上で私が踊らされているだけなのかもしれないが。
佐藤優著「獄中記」は既に読了している。二回目の通読をしつつ読書ノートを付けようと思っている。
Apr. 12, 2008 追記
なんか文章がメタメタだったので修正した。呑んで書いたらいかん。まぁ呑まにゃ書けん内容ではあるが。




