この50年を次の100年に使ってください

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PHOTO: Go Next Step?

 確かNHKの戦後50年を振り返る番組のコピーだったと思う。 こう言える今の人間が何人いるだろう。少なくとも40代以下に。 私の父は「お前の時代にはまた戦争するよ」との幼い私に何度も言った。当時は全然理解できなかった。 最近やけにリアリティが出てきたと感じる、

 戦中、戦後を経験した彼らは本気でこの50年を次の100年に使ってくれと本気で言えたし、今も言っていると思う。 翻って私を含め、40代であったり今の日本を支えている(であろう)人々が本気でそんな事が言えるだろうか。

 正直個人的には民主党には魅力を感じない(とはいえ数人の民主党議員には知性を感じる)のだが、この10年を犠牲にして 無理難題を承知で(民主党が失敗することを承知で)民主党に政権をやらせて政権交代を5年以上続けてみるのも悪くないと思う。 これには、この50年を次の100年に使って下さいという我々若手のコンセンサスが必要だ。 初期の民主党政権の失政を自民党政権よりマシだったという評価を下すという国民の寛容さが必要だが。 とはいえアメリカの二代政党は、戦争を回避できた試しが無いので危険であるという認識はある。

 最近読んでいる本の作者は、ワイドショーお始めマスコミに完全に悪役として叩かれた人だ。鈴木宗男とともに。 そういえば年金の以下略が確定した。まぁ計算機を知っている人であれば、安倍ッチが言い出した時点で以下略であったことは言うに及ばずだったはずだ。 最近年金どーのこーの言わないなぁ。老後のかなりクリティカルな問題だと思うのだが。最近の話題は、ロス疑惑の亡霊か。

 彼は獄中記の中で、「思考する世論」に訴えて行く事で世論に訴えて行く、自身の裁判に不利であっても 調書を未来の歴史家の資料に足るものにしようという意思で戦っている。 少なくとも私が(不本意ながら)確認している数人の読者は、私が見るに「思考する世論」の構成員だと思う。 さて「思考する世論」諸君。意見はどうだろうか。

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6 Comments

JQ6PAQ said:

「教え子を再び戦場へ送るな」
というスローガンを掲げる団体の勉強会は、開催不能になったようですしね。

僕の母もよく「お前の時代にはまた戦争するかもね」と言っていました。
幼い僕は、漠然と「僕の時代って、40才になるくらいまでのことだろう」と考えていましたが。
ほぼ後一ヶ月で、30才。10年以内に戦争かな?
リアリティは、あるね。

米国の二大政党は、戦争を回避できていないのでしょうか?
回避しているのではないでしょうか。
米国本土では、戦争なんてとんと無縁ですよ。
連中は、よその国土での戦争については「回避する気がない」のでは?
自国本土での戦争を回避するためには、他国で積極的に戦争をすることも厭わぬと思しき場合も多々。
「回避できたためしがない」
より危険かな。

僕にはこの数日のチベットに関する報道が、
「大本営発表」を連想させてくれます。
中国の発表は言うに及ばず、日本のマスコミの報道も。
まぁチベット問題は、我々若い世代はほとんど情報をもってないしね。
教育指導要領でも、チベット問題は皆無やし。
隣の国の現実なんだが。

そういえば、日本人(及びアジア人)には、意識しているしていないは別として、
「東アジアは安全な地域」という認識が、こびりついている気がする。
言い換えれば、「東アジアは危険な地域だ」と認識している人は、かなり少数だと思える。
日韓台など「お金持ちで安全な地域」だと、自他ともに認めがちだが、
実際には、枢軸国日本や、終戦・和平ではなく「停戦」しているだけの南北朝鮮や中台、征服漢民族と被征服少数民族の問題などを抱える、一触即発の地域やね。
Chomy さんも日韓台香澳と一通り周られて、感じるものもあるのでは。

50年60年の無戦状態など、世界の歴史に見れば、ほんの一瞬。
でも一人の人生においては、それなりに長い時間。
そこで「平和ですよ、平和ですよ」と言われ続けると、戦争への抵抗が薄くなるのかもね。
案外、「平和」と思い込ませることが、「戦争」へ導く有効な手段かも知れませんね。
上記米国も、自国内に戦争がないからこそ、被爆の経験が薄くよそへの爆撃に抵抗がなくなり平気でやれるのかも。

教育関連団体のスローガンで、このコメントは始まりましたが、
現在の日本は「思考する」ことを止めさせる教育をする傾向にあると見受けられるので、「思考する世論」の形成は難しいでしょう。
「思考せず、盲従せよ」との教育傾向ですから。
「基本的に正解は一つのみ」で○×のつくテストばっかりでしょう。
「思考せず、盲従せよ」
まさに軍隊の仕組みそのものですよ。
そして、「自己の不利を省みず、未来の歴史家のために」という発想も、なかなか現代の日本では見られない。
逆に、「自分のためならば、手段も選ばぬ」という人が増えているようですな。
その範囲内で、「自分」の定義を拡大縮小させることは、今の教育ではしっかりやっているようですね。
時には「自分」は家族であったり、友達グループであったり。
最近の報道では、もちろん「自分」とは「日本国」のことでしょう。
不思議なことです。
「唯我独尊」傾向が強まる一方で、「我=国家体制」の図が描かれ、「滅私奉公」を内包するとは。

長くなってすみません。

chomy said:

 唯我独尊だな。相変わらず。

 次の100年のためにこの50年を犠牲にしてでも、政権交代が必要なのではないかという記事のつもりだったのだが、いま振り返ると論点が分散しまくった文章だったな。やっぱり呑んで書いたらいかん。反省。

 さて、思考する世論について。教育が「思考する」ことを妨げる方向にいっているかどうかは、私は知らない。忘れてはならないのは、義務教育が国家に都合の良い人間を育てる事にあること。PAQ氏の指摘が事実なら義務教育の目的は達せられていることになる。思考する世論を生み出す教育機関は、高校、大学等の高等教育機関ということになるのだろう。
 ちなみに私は「考える前に手を動かせ」と常々言っているので思考を妨げる教育をしていることになるのかな(笑)

JQ6PAQ said:

唯我独尊ですよ、ククク。

誤解がありそうなのは、Chomy さんが指摘していて正しいと思われることには、
あえて僕はコメントを重ねないだけのことだということ。
50年でも5年でもいいけど、将来の期待できる世代のために前の世代がある程度の犠牲を払うというのは、尊いことだとおもいますよ。

「考える前に手を動かせ」
手を動かした後にどういう風にするかによって、手の動かした意義が決まるのでは?
手を動かした結果を思索にフィードバックするならば、思考の手助けとなる行動の一環なのでは。

「義務教育が国家に都合の良い人間を育てる」という意見には賛同できません。
近代民主主義の定義とは、「国家は民のための政策を実行する」のが基本です。
民のために国家が存在し、国家は民のために動くことが、民主主義なんです。
英語ではリパブリック、もしくはデモクラティック。
国家のために民が動くことは、国家主義もしくは全体主義といいます。
英語ではファシズム。
日本は書類上、ファシストとは決別し、民主主義国家になったはずですが。
真に民主主義の国なら、「国民の幸福のために、国は国民に教育の機会を提供する」のが筋です。
Chomy さんも教育基本法他を勉強されたときに、書類は確認されているはず。
事実の如何はともかくとして、「国が国の都合で国民に対する教育の傾向を決定する」というのは、民主主義の定義の範囲外です。

Have said:

90になるばあちゃんより「戦争だけは、もうよかばい」言われておりますので、その言いつけを守れるようにしますね。
起きるか起きないか以前の主張ってところが、重たいなって思います。
ダンナと弟に死なれた女の90年を、つぎの50年に使っていきます。

chomy said:

「考える前に手を動かせ」の後に「動かしながら考えろ」と言っているので御心配なく。確かこれは光岡自動車の創設者の言葉だったと思う。

義務教育の話。
「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」
この条文にある、「自分が持っている能力を伸ばす努力を怠らず、社会的に自立していて、国や社会の一員として必要な資質を持っている人」ってのは、民主主義国家にとって都合の良いってか理想の人間像のハズだよね。よって義務教育は国家の都合のよい人間を育てることが目標である。ここで国家とは日本国のこととする。(証明終わり)
 もちろん思考停止人間を大量生産することが、この目的に含まれることは絶対に許せないことには同意。

 ばぁちゃんの言葉について。
 私たちがその言いつけが守れるかどうかは、考えるのをやめないこと、変な運動に加担しないことから始まるのかな。

JQ6PAQ said:

証明にQ.E.D.がない!
(負け惜しみ。反論できないので。)
僕は教育基本法内の「平和な国家」を作るということが、
教育基本法の理念かと思っていましたが、
まぁ普通に考えれば、「国家」とは「我が国=日本国」のことでしょうね。
今回の一件が、改正された教育基本法をもう一度読み直す機会になりました。
ありがとう。
僕は改正以前にしか習っていないので、(改正時に一通りは読みましたが)
時々読まんといかんね、この法律に基づき教育される娘もできたし。

「考える前に手を動かせ」についての僕のコメントは、
Chomy さんが自己否定的なコメントを載せておられたので、
フォローしようと書いたのみですよ。
日頃の言動から、どういう主旨で発言されているかの傾向は、大体理解しているつもりです。

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中尾 圭佐(chomy)
千葉県船橋市在住のモノクロ写真に目覚めた研究者。
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