二分割思考と唯一確かなもの

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PHOTO:Drunker in Shinbashi

 blogger.com時代からの読者であれば、最近このblogのスタイルが変わったことに気づくだろう。写真が毎回付くとか、実名を出すようになったとか、コメントやTrackbackを受け付けるようになったとか。このルールでしばらくいこうと思う。最初に破綻するのは写真かな。これらは私のオリジナルである。いつネタ切れになるか楽しみではあるが。

 今日は榊原英資著「幼児化する日本社会」を読了。氏が最近言いたかったことを書いたといった感じ。本書は、日本人全体が幼児化しているといい、その原因のひとつが二分割思考法であると言っている。二分割思考法とは、たとえば規制緩和は善で護送船団は悪、味方でなければすべて敵、といった思考のことである。複眼的に見ればほとんどのものは白黒付けがたいにもかかわらず、なんでもズバっと白黒付けてしまう風潮のことである。 この二分割思考法が日本人に蔓延しており、これは思考停止、すなわち思考の退化であり人間の幼児化であると説いている。私は概ねこれに賛同できる。

 氏はこの二分割思考法が家庭、教育現場、企業倫理マスメディア、政治に現れており日本社会全体を幼児化させていると説く。マスメディアの二分割思考に関しては、ずいぶん前から元帥閣下が指摘していた。政治にもこの二分割思考が蔓延しており、「地方分権は善、中央集権は悪」「民は善、官は悪」のような思考停止で現制度を破壊する方向に動いているのだが、破壊した後どうするかは考えていないという。米軍はイラク戦争でイラクの政権だけでなく国内のインフラ、制度を破壊した。にもかかわらず復興策は何も考えていなかった。同じことを国内でやろうとしている。圧倒的な世論を背景に。おそろしい。

 「あるある」の納豆騒ぎで思い知ったように、マスコミですら疑ってかからないといけない。確実なものは何も無い。現在正しいと思われている、科学的理論も暫定的なものだ。うちの学校にはビッグバン理論を本気でひっくり返そうとしている人もいるし、宇宙をやっている人に言わせるとブラックホールはまだ見つかっていないという。ブラックホールらしきものは見つかっているらしいが。しかし情報を得る手段はマスコミくらいしかないのもまた事実。ならば同じマスコミでも色々なチャンネルを見よう。地上派だけでなく、ケーブルテレビも。朝日ニューススターだけでも地上波では得られない情報が得られる。CNN、BBCは言うに及ばず。

 上掲書によると、アメリカのルービン元財務長官に曰く「世の中に確実なものなどない。すべては確率論だ」と。彼は元債権のディーラーだったそうだ。なるほど、こういう思考になるのもうなずける。でも彼の回顧録には以下の記述がある。

「多くを与えてくれた両親のシルビア・ルービンとアレクサンダー・ルービン、そしてこの不確かな世界で私にとって唯一確かな存在である妻ジュディに本書を捧げる」

なんとすばらしい愛の告白だろうか。私にも確かな存在が欲しい。この不確実な世に輝く確かな唯一の存在が。

 しかし私が書評を書くとは。のりぞう女史にインスパイアされたか?(笑)

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7 Comments

JQ6PAQ said:

出た出た、必殺の善悪二元論。
浦和勤務時代に、うんざりするほど直面させられた単純思考。

おそらく、「これが善で唯一正しい、あれは悪だ」
という価値判断の基準を他から与えられると、
自分で頭を使わずに済んで楽なんでしょうね。
(例えば神)
いつぞやの集会の「班長」も「『思い煩うな』と聖書に書いてある」で
すべてを結論づけたがったでしょう。

米のアフガン攻撃やイラク攻撃開始の際に
「神が存在して、かつ全能にして正義である、ということを前提として、
神が存在するにも関わらず、なぜ世の中から悪は無くならないのか」
ということを真剣に検討しようとすると、それだけで異端扱いされたものです。

頭を使わずに済むのが楽だと、僕は思いませんが。

日本のマスコミは、
「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラズ」
「八紘一宇の大理想」
「鬼畜米英」
というような二元論の推進に手を貸した歴史がありますが、
「幼児化」「単純化」「善悪二元論」は、
日本人だけの傾向ではなく、世界的な傾向にあると思います。特に米は。
chomyさんの記述と絡めれば、米のイラク攻撃もその一つ。
スターウォーズでは、シス側が
「仲間にならねば、殺すまでです」
「仲間になれ、でなければ、殺す」
と繰り返し言います。
最終作(エピソード3)ではダークサイドに堕ちたヴェイダーが
「味方でないなら、敵だ」とはっきり言い、オビ=ワンは
「シスらしい決め付けだな」と返します。
スターウォーズ全作を通じて語られるテーマの一つだと、
僕は勝手に思い込んでいるのですが。

Sei Ken said:

この話は続けるとものすごくおもしろいし、歴史的なことも含めて考えると時間もかかる話なのですが…。
ですが、これは今に始まったことではないような気がしてなりません。
ただ、1940年代の前半に行われた日本の政治やドイツの政治、ロシア革命後のソ連の政治、文化大革命の中国、一部のイスラムの現状、アメリカの西部開拓、スペインの南米侵略などを、Chomyさんが冒頭で述べた日本人の現状と同時に論じてはいけないだろうということもまた事実でしょう。
ですが思考停止しているとするならば、一部の政治家の強い主張を「善」ととらえて国民が前述のような行動してしまうこともあるかもしれません。それは避けなければなりませんね。もちろんこれも確かかどうかはわかりませんが。
言えることは、「すべてが確かでない状態」が正常なのかもしれません。

のりぞう said:

ニ分割思考はさておき、ワタクシはルービン元財務長官の
壮大な愛の告白に大変、感銘を受けました。素敵!!
こういう知的でおしゃれな、そして心のこもった愛の告白を出来る人って
日本人にはなかなかいない気がします。・・・・いいなぁ。

chomy said:

それにしてもみんなヒマだなぁ。まぁそれだけ平和ということか。

二分割思考について。
 やっぱり人は楽な方向に流れていく傾向があるのだと思う。攻殻機動隊風に言えば「人は低きに流れる」かな。私を含めて。
Seiken氏やPAQ氏の言われるように、おそらくこれは今に始まったことではないのでしょう。政治家や企業経営者、教育者がそこにつけこめば、いや、つけこんだからこそSeiken氏が例示した歴史があったのかもしれない。

ルービン回顧録の謝辞について。
 こういったまわりくどい愛の告白は、女性陣には不評だと思っていたのだが。ちょっと意外。
 しかしのりぞうよ。仮にダンナにしても良さそうな男が現れても決して信用してはならぬ。なぜならこの世に確かなものは何一つないのだから。

Sei Ken said:

暇なのだよ。カーネル作ってると。
>  こういったまわりくどい愛の告白は、女性陣には不評だと思っていたのだが。ちょっと意外。
> しかしのりぞうよ。仮にダンナにしても良さそうな男が現れても決して信用してはならぬ。なぜならこの世に確かなものは何一つないのだから。
で、思うのだが。愛の告白ほど不確実なものはない。というより、それを信じることほど不確実なことはないように思う。それより別れてしまうことのほうがずっと確実な理由をもっている。
どうだろうか?

chomy said:

私にどう反応をしろとおっしゃるか。>Seiken
困ったなぁ。

 愛の告白がどの段階でのことか曖昧なのだが、えーと(しどろもどろ)

 まずカップルは必ず別れることになる。これは常に真。なぜなら人間の寿命は有限なので、どんなに無難な夫婦でも必ず死別するから。よって「別れてしまうことのほうがずっと確実な理由をもっている」というSeiken氏の指摘は常に正しい。

 カップルとして成立させることを目論んだ、愛の告白の場合。
「愛の告白ほど不確実なものはない」というのは言い過ぎだろう。そこら中にある不確実性と変わりがないように思える。まぁイザというときには、いろいろリサーチというか試行して、確率が少しでも高いと思い込んで行動するだろうから。少なくとも成功する確率は50%はある。(こんなこと言ってるからお前は....以下略という指摘には、都合の悪い事はしらんぷりということで対応。)
 というかねぇ、いつかぴったりのパートナーがきっと現れると信じている無垢な男としてはだねぇ、そう思うというかそう思いたいんだよ。

 既にカップルとして成立している場合は....私に聞くな!もう忘れた。

ここに喰いつかれると非常に困る。

Sei Ken said:

おもしろくなって参りました(笑)。
ちょいと説明が足りなかったかもしれないが、chomyさんの考察はなかなか楽しい。

> カップルとして成立させることを目論んだ、愛の告白の場合。
> 「愛の告白ほど不確実なものはない」というのは言い過ぎだろう。そこら中にある不確実性と変わりがないように思える。まぁイザというときには、いろいろリサーチというか試行して、確率が少しでも高いと思い込んで行動するだろうから。

不確実なのは「愛している」理由であるように思う。ほとんどなんの根拠もないのじゃないだろうか?それに引き替え別れてしまうときの理由はあきれるほどにはっきりしている。それが死別であっても。

> というかねぇ、いつかぴったりのパートナーがきっと現れると信じている無垢な男としてはだねぇ、そう思うというかそう思いたいんだよ。

もちろんでしょう。そうありたいものですね。

このNiseを聞いている人の距離がちょっとだけ縮まったことはたぶん確実なのではないでしょうか?

About Me

中尾 圭佐(chomy)
千葉県船橋市在住のモノクロ写真に目覚めた研究者。

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This page contains a single entry by chomy published on October 19, 2007 11:13 PM.

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