今年も例年通りセンター試験の試験監督業務を行った。さすがに3年目になると余裕が出てくる。体力以外は。センター試験を実施する側から見た、センター試験の実態を書いてみようと思う。ちなみにブログ"発声練習"の記事は参考になる。受験生は必ず読むべきだ。
センター試験を引き受けた大学で、試験監督をやっている人は、ほとんどがその大学の教職員だ。大学から見た受験生は基本的にお客様だ。少なくとも敵ではない。基本的に受験生が通っている高校の近くの大学が会場に選ばれるため、センター試験を受験しにきた学生が、その大学の受験生になる可能性があるからだ。また、センター試験で大きなミスをすると新聞に載るので、大学広報を始め結構神経質になっている。だいたい新聞に載るような不祥事は、試験時間が短かったり長かったり、非常ベルが鳴るといった試験を妨害するような騒音が発生したといったものだ。
大学入試センターから、厚さ2cmほどのマニュアル兼台本が渡される。試験監督が試験中に発する言葉には、実は台本がある。この台本どおりに台詞を発しないとなにかと問題になる。試験時間は秒単位の精度が要求されている。試験開始前に試験監督は全員電話の時報サービスで時計合わせをやる。試験時間の誤差は高々10秒だ。短くなることはない。また足音やドアを開く音にも気を使っている。騒音と試験時間確保には相当気を使っている。
試験の流れを書いておこう。
- まず試験会場、試験室、席が正しいか確認する
席には受験番号が記された紙が貼ってあり、受験票に記載されている受験番号と一致するか確かめてもらう。これが終わるとその教科の試験終了まで部屋を出ることができない。 - 携帯電話のアラーム等を解除、電源OFFの後、かばんにしまってもらう
試験中に携帯電話が鳴った場合、試験監督は受験生の許可を得ずに、かばんを持ち出し、試験場本部に運ぶ。かばんは試験終了後、受験生に返却する。 - 写真用シールを配布する
その科目が初めての受験の場合、受験票の写真および自署欄の上に貼るシールを配布し、貼ってもらう。 - 問題冊子および解答用紙の配布
- 受験番号の記入とマーク
- 氏名、フリガナ、試験場コードの記入
- 受験科目のマークおよび確認
- 「解答始め」
- 試験終了10分前に「試験はあと10分で終了します」
- 「解答やめ。問題冊子を閉じて鉛筆をおいてください」
この後許可なく鉛筆や消しゴムを持っていると不正行為になる。 - 解答科目と受験番号を正しくマークしているか確認
この確認で間違いを発見した場合、訂正することができる - 再度、解答科目と受験番号を正しくマークしているか確認
この確認で間違いを発見した場合、訂正することができる。これ最後の確認になる。これ以降、受験生も試験監督者も解答用紙に筆をいれることはできない。 - 解答用紙の回収
試験終了後の確認はマークだけであることに注意してほしい。採点は、全自動で機械で行われるため、マークだけで十分なのだ。氏名と受験番号を書かせるのは何か問題が起こった時の保険でしかない。なのでマークを間違えないように特に注意してほしい。 また試験時間中、試験監督は受験者の出席を取っており、試験場本部に解答用紙を渡す時も一枚一枚出席票(A票)と解答用紙の番号を照合している。
試験監督をしながら、受験生諸君を見ていて感じたことも書いておこう。
- 現役生の諸君は、制服で受験する必要はない。
私たちは、諸君らの制服姿を見たいのではない。君たちの最高のパフォーマンスを見たいのだ。だから自分の力を出せる格好できてほしい。そして試験室の室温は細かく制御することはない。試験室の静寂の確保を求められているため、試験中は空調を止めることもある。重ね着や服を脱ぐことで、体温を自分でコントロールできるようにしておくこと。これ重要。 - 試験監督の目を気にする必要はない
服装や髪型が派手だったり奇抜だったりすると、監督者控え室で話のネタになるかもしれないが、まぁその程度だ。我々に与えられている受験者の情報は、氏名と写真と受験番号だけだ。点数や入試の結果に影響はない。もしも影響させようものなら、公平性の観点から大変な問題になる。 - きれいにマークする必要はない
センター試験の出願者は50万人を超える。実際の受験者は出願者よりも1割ほど減るがそれでも40万人は受験する。1人当たり平均3科目受験するとすると処理する解答用紙は100万枚を超える。これだけの数を短期間で採点するにはもちろん機械を使う。すなわちあなたの解答用紙を人が見ることはまずない。機械がちゃんと判別できる程度に塗れば良い。 - メモ用のシャープペンシルは使うな
試験中机の上におけるモノとして、「メモ用のシャープペンシル」があるが、シャープペンシルでマークシートを塗ることもできる。だがマークシート読み取り機のメーカーがFかHかHBの鉛筆を推奨しているために、鉛筆を使えと指示している。すなわちシャープペンシルでは読み取れない可能性があるために、あえてメモ用と断ってあるのだ。読み取れない可能性があることを承知で使うのであれば黙認することになっている。私は鉛筆を使うべきだと思う。おすすめは三菱鉛筆のHi-Uniか、ステッドラーのルモグラフだろう。ステッドラーならマルス エルゴソフト良いかも。これらは鉛筆としては高い部類に入る(1本140円はする)が減りも少ないし、手にもしっくりくる。また格言も書いていない。試験中には鉛筆削りが使えるので、2〜3本買えば十分だろう。マークシートと筆記具については、DPZの記事に詳しい。
この記事を書いた目的は、受験生諸君の最高のパフォーマンスを出してもらうために、センター試験を実施しているほうも結構大変だということを知ってもらうためだ。もしもこの記事が、これからセンター試験を受験する人の役に立てば望外の喜びだ。
ってかタイトル書いて実感したけど、2000年期ってもう10年経ったんやねぇ。21世紀になると何かが変わると特に根拠もなく何となく思ってたけど、21世紀になって9年経っても、昨日と同じ今日を生きている俺に乙。
今年の正月三箇日は、元日に姉上夫妻が来て甥っ子相手をして写真を撮って、二日にgichoが開いた店にお邪魔して、朝まで飲んでいた。その前にYokko家にお邪魔してYokko/TQの第一子と対面。よく泣きよく眠るという。すばらしい。写真はFlickr経由で。> TQ, Yokko
その後gichoが開店した店で、Have, TQ, chiranoと呑む。基本的に味は良い。こまかい工夫は各々あってぐっとくること満載なのだが、特に燗をつけた梅酒はすばらしい。そのまま呑むとスキっとした梅酒なのだが、燗をつけたとたんフルーティな梅酒になる。もちろんこれだけではない。一皿一皿にこだわりや工夫の点が見える。 店自体のFundermentalsはありそうだ。実際リピート率も高いと聞く。あとは知名度がないのが問題か。
Web上にあるオープンコミュニティの力を感じるのはこういうときだ。ひとつの分野(この場合は飲食店)に特化したオープンコミュニティが存在し、一定数の読者がいるサイトがある。ここに私が他の人に勧めたい店があると、そこに記事を書くことでこのblogに書くよりも目に触れる機会があり、iPhoneやGoogle Phoneを使えばGPSとリンクして近くにある飲食店のリストが出てくる。これは紙媒体の雑誌やガイドブックにはできない芸当である。(紙媒体にはザッピングという用途があるのでなくなるとは思わない。まぁこれは別の記事に書くことにする。)ということで、好意的だろうが、批判的だろうが、ハラヨシに行った人はちゃんと自分のblogはもちろん、食べログ的なところにも記事を書くように。これがgichoにできる最低限の応援だろう。
ネットワークによって庶民が得た力というものは、今のところこういうところなのだろう。一部のアルファブロガを除いて、庶民は多数集まることで力を持つ。ネットワークやWebという媒体を通して集合するコストがゼロに近くなる(少なくとも集合する庶民にとってコストはゼロに近い)ことによって集合することによる障壁が小さくなり、また(みせかけの)匿名性という要素もあり自分の意見を表明することができる。
残念ながらこのblogでは一日あたり10PV程度がせいぜいだ。そのほとんどは技術的な記事へのアクセスだ。このblogによって私はサイバースペースへの発言権を得たがその力は小さい。だがその小さい力を集合することで大きな力にしようとしたサイトが存在することにより、私のこの小さな声は、時に大きな声になる可能性がある。この構図はblogだけでなくLinuxといったオープンソースコミュニティにも通じるものがある。
だが同時にサイバースペースにアクセスする者どもは、言うまでも泣く煽り文句満載の情報を峻別する能力が要求される。私が食べログに書くであろう記事は、中立であろうと努力はするが、所詮偏ったの記事である。それに騙されるかどうかは、読者次第である。まぁ騙されたと思って行って見ても良い店だと思うが。同じことは報道にも言える。自民政権だろうが民主政権だろうが国民は文句を言っているけれども、一方では報道も腐っていると言っている。果たして腐った報道から得た情報で、現政権はもちろん前政権も批判はできるのだろうか。
人は低きに流れる。
自戒をこめて。
2009年の最後の一日はまだ始まったばかりだが、おそらくこのblogの更新はこれが最後になるだろう。 今年をまとめる言葉をこのblogに書き続けていたが、今年は何もしなかった年だ。任期は切れそうだが更新できそうだし、職場ではまだやるべきこともやりたいこともある。ただ任期が更新されれば私は私の師匠を次の任期中に超える必要がある。また職場では大きな変化が予想され、私も否応なく巻き込まれる。
2009年の今年の漢字は「新」であるという。個人的には、今年は恋にやぶれ、仕事でもパッとした結果も成果も残せず鬱屈した年だった。とはいえ私の周りでは、姉に第二子ができ、PAQ氏夫妻にも第二子が、またTQ-Yokko夫妻にも子供が誕生した。さらに私の友人は店を持ち、独立を果たした。まさに「新」である。私の周囲は着々と前に進んでいる。
個人的に来年は手を動かし、なにか新しいことをしたい。仕事にも婚活(笑)にも。
今年一年みんなありがとう。私との接触にかかわらず、皆さんに幸多からんことを
翌日は西の京と法隆寺へ。
唐招提寺は、金堂と千手観音立像と本尊の修復が終わり、今年の秋から一般に公開されている。今年で三年連続で参詣している。一度目は修復中に、二度目は金堂に入れず、そして三度目の今日ようやく三尊を見ることができた。一度目の修復中に千手が外された姿を見ていたのと全くイメージが違う。あんな密度で手が付いているのかと驚く。千本手がある千手観音は国内には三体しかない。そのなかの一つだ。ほとんどは四十二手をもって千手に換えている。
そして法隆寺へ。奈良から法隆寺へのアクセスは悪い。1時間に1本しかないバスに乗っていくか、JR関西本線の法隆寺駅から20分歩くしかない。そのうえ西ノ京からのアクセスなので、近鉄で大和郡山まで行き、15分ほど歩いてJR郡山駅までいかなければならなかった。
アクセスの不便さにぶーたれた後、法隆寺南大門をくぐると五重塔と中門が目に入る。こじんまりとした感がある。バランスが絶妙である。中門のそばにある松の木の枝振りまで計算されているかのように。
最後に大和西大寺に戻り、少し時間があったので秋篠寺に行った。この寺のことは知らなかったのだが、職場の事務の方が行ってみろと勧めてくれたので行ってみた。大和西大寺駅から15分位歩く。行ってみると小さな寺だ。金堂は国宝。以前は講堂だったようだが、金堂が火災で失われたため講堂を本道としたようだ。目玉は伝伎芸天立像は腰を左側にわずかに曲げている。薬師寺の日光月光菩薩立像のように。確かに美しい。
大和西大寺駅に戻り、伊丹空港へ。近鉄は基本的に奈良線と橿原線しか使っていなかったのでピンとこなかったが、大阪まで通じているのね。大阪なんば駅から地下鉄、モノレールと乗り継ぎ伊丹空港へ着く。機体がボンバルディアQ400という80人乗りの小型機であることを忘れていたので出発15分前にボディチェックに並んでいたら、名指しで呼び出しをくらった。小型機はバスでエプロンまで行くので最終案内が早いのだった。なんとか間に合い、定刻で出発。到着は少し早かったようだ。その後地元のバーで朝まで。いつもは空いている店なのだが、私がきた後に満席に。楽しい夜だった。
ここ数年の京都、奈良旅行で、古建築と仏像に関してずいぶん自分の好みがわかってきた。同じ建築と仏像を何度も見ることで余裕を持ってみることができたからであろう。今度は製法や建築技術、流派など知識を付けてもう一度見てみることにしよう。
例年通りというわけでもないが、冬の休暇にあわせて京都、奈良を旅行。今年の休暇は27日から1月6日まで。ちょっといつもより長め。まぁいろいろ宿題が出ているのでなんだかんだ仕事をしていそうだが。
今年の目当ては、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像と唐招提寺の千手観音立像、東大寺の三月堂だ。その他、清水寺、三十三間堂、法隆寺、秋篠寺に参詣。
弥勒菩薩と千手観音立像は小さい頃に一度見ているはずだが、ほとんど記憶が無い。弥勒菩薩は表情が印象的なので顔のアップの写真が多い。今回全身を見てこんなに華奢な体だったかと驚いた。正面から見るとものすごく心もとない。だが少し斜めから見ると、前傾の姿勢とマッチしてとてもバランスが良い。
実は広隆寺には弥勒菩薩像が3体ある。弥勒菩薩半跏思惟像が二体、座像が一体ある。半跏思惟像のもう一体は百済伝来の者、そして座像は天平時代の作である。百済伝来と天平の作の表情は無表情か、難しいことを考えているような表情であるが、もう一体(これが有名な像)は笑みをたたえている。50億年後は釈迦にかわって人々を救う役割を引き受けてしまった弥勒菩薩が、どうしようもない人類をどうやって救おうか考えていたのだが、ついシャレを思いついてしまってクスっと笑ってしまった時の表情かもしれない。いかんいかん聖☆おにいさんのブッダのイメージだな。
次に清水寺。清水寺の中にある地主神社は縁結びの神様である。結構有名らしい。結活(笑)中の身として、去年から参拝しておみくじを引いているのだが、去年は凶だった....orz。今年はなんと大吉。来年はいい出会いがあるね。きっと。
そして三十三間堂。ここも毎年行っている。京都の中で最も好きな寺の一つだ。堂内のあの荘厳かつ清らかな雰囲気、千一体の千手観音立像に風神雷神と二十八部集、そして本尊の十一面千手千眼観音像。特に本尊の光背がすばらしい。これらはいつ見ても良い。
京都はこのくらいにして奈良へ。奈良に行くと東大寺の大仏は必ず見に行っている。が、ここ数年天平期の傑物を見てきたせいか、大きさでは驚くが仏像としては物足りなさを感じるようになった。東大寺南大門の金剛力士像のあの躍動感のある像を見た後ならなおさらだ。今回は大仏殿だけでなく三月堂まで足を延ばした。三月堂は東大寺で最古の建築と仏像を有する。本尊羂索観音立像はすばらしい。
大仏が仏像として物足りないのには、やはり製法の違いがあるだろう。最近私がハマっている天平期の仏像は脱活または木芯乾漆という製法で作られている。これらはまず粘土などで仏像の形を作り、それに絹を漆を重ね、乾かし、最後に中の粘土を取り出して作る。一方大仏は鋳物なので装飾や造形に凝ることが難しい。
今日はSHARC (Seinan High School Amateur Radio Club) OBの関東在住組の忘年会に参加。本当はドイツでやりたかったのだが、ビールがあるところがドイツという名言が出て、それに全員が賛同し、新橋^H^Hドイツで開催された。参加者は、Dr.ちょ、pirafu、元帥、chomyである。
彼らとは出会ってもう10年以上になるが、今となっては年に1,2度会う程度である。だが、彼らは狭い世界で生きる私に開かれた世界の窓である。今夜も語学の話に始まり幅広い分野の話に及ぶ。話が弾むと酒もすすむ。今夜はうまい酒が呑めた。二軒目はカラオケ。アニソン特集になるのは仕方が無いか。カラオケマシンのユーザーインターフェースに問題があると、ぶーたれる。
彼らの中にこのblogの読者がおり、以前の記事に対するコメントが寄せられた。まぁあの記事は個人的には失敗だったのだが、一番反響があった記事でもある。最近わけがわからん記事が多いというコメントも他からもらっている。だが忘れないでほしい、このblogの名前を。忘れないでほしい、私がこのblogの理想の姿を。
今日はEmperor Akihitoの誕生日、明日はthe Christの誕生日。それ以外にも人類の人口が50億人とすると、推定約137万人の人々の誕生日である。みなさん誕生日おめでとう。
毎秒5センチメートルを見た。新海誠やっぱりすげぇ。背景が、美術がすごい。そして切ないストーリーがすごい。交差点の中、夢の中で誰かを探してみたくなる。そんなとこにいるはずないのに。
やばい。心が折れる....
オタ芸対策。以上。
珍しく地上波をザッピングしていたら、NHK の Music Japan のアニソン特集にトラップされた。アニオタに告ぐ。そろそろろお前らは新しい芸を覚えろ。
最近のアニメがどうのこうの言う前に、あのセンスをどうにかしろ。蒼穹のファフナーのオープニングとか、バカの一つ覚えの踊りができる感覚が理解できない。お前らはちゃんとあの作品を見たのか。ちゃんと歌詞を理解できているのか。
はっきり言っておく。アニオタよ、お前らの創造性のなさがアニソンの自由度を奪っている。この理由が理解できないのなら、アニオタをやめろ。それが日本のアニメのためになる。心からアニメが好きなら、そのアニメのためにアニメから身を引け。以上。
最近プログラミングの記事でお茶を濁しているのでたまには、近況を書くことにする。先日オーディオアンプを新調した。CZDがスピーカを売ってくれるとのことで、これを機に自宅にオーディオを導入することにした。いろいろ考えたあげくMarantz PM-14S2を購入した。
まぁ音の良いこと。音源はケーブルテレビのSTBとPS3をアナログで繋いでいるので音源はチャチなのだが、DVDや音楽を鑑賞する時間が明らかに増えている。良い音は私を心地よくさせる。スピーカーは小さいのだが低音もよく出ている。
惜しむらくは些か不便になったことだ。テレビからPS3に切り替えるときに今まではテレビのリモコンだけで操作ができたのだが、今はアンプリモコンも必要になってしまった。コントロールアンプかAVアンプが欲しくなる。このアンプはそこそこのモノなので音源が今のままではもったいない。またスピーカースタンドも使えば低音がもっと出るようになるだろう。とつい悶々としてしまう。こうやって人はオーディオにハマっていくのだなぁ。ま、私は今月の支払いをどうするか延々と悩んでいるのだが。
WHATWGでHTML5仕様がLast Callになった。徐々にではあるが、Web Application が普及する環境が整いつつある。(どうもW3Cは聞いていなかったらしく、ちょっと揉めそうな感じみたいだが。)
さて、以前もここで書いたとおりHTML5はそれまでの文書の構造化に加え、振る舞いの要素の追加が行われており、スクリプト言語のインターフェースも規定されている。このスクリプト言語は仕様の上では指定されているわけではないが、事実上JavaScriptだろう。ということでそろそろちゃんとJavaScriptを書けるようにならなきゃいかんのかなぁ。ということで、まずはクロージャーからやってみた。
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<title>Closure Test</title>
<meta http-equiv="Content-Type" content="text/plain;charset=UTF-8">
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<body onload="onLoad()">
<script type="text/javascript">
var countUp;
function makefunc()
{
var x=0;
return function(){return x++;};
}
function onLoad()
{
countUp = makefunc();
window.setInterval(onTimer, 100);
}
function onTimer()
{
document.getElementById('count').innerHTML = countUp();
}
</script>
<div id="count"></div>
</body>
</html>
このコードは、100ms毎にカウントアップして表示するもの。makefuncがカウントアップする関数オブジェクトを作り、onloadハンドラでグローバル変数countupに保存しておく。それを100ms毎に呼び出している。実行すると下のようになる。






